俺はあんまり人に執着した事がない。
友達がいなかったわけじゃないけど、本気で親身に話あえる人なんていなかったし、そもそも作る気もなかった。
だから俺にこんな女々しい…って言ったら怒られるかな…とにかく
こんな感情があるなんて思ってもみなかったんだ。


[ガキみたいな悩み]


事の始まりはシューゴ達の事件の数ヶ月後、春の半ば頃に起こった。
それはいつも通り平和なThe World内での出来事。


「バルムンクさん、またメールたまってますよ!
重要な話とかだったらどうするんですか」
「そんなもの有りはしないさ。ほら、The Worldは今日も平和に運営中だ」

モニターに映る各ルートタウンやフィールドにひしめき合う大勢の人々を見てうっとりと顔を綻ばせる。

「……え」

何かを見つけたのか、いきなり立ち上がるとすぐに管理人室を後にしようとするので

「何かあったんですか?」

と声をかけるも

「……あいつらが居る。なんで俺に言ってくれなかったんだっ!」

と、まるでうわ言のように、俺の話なんか全く聞かないでマク・アヌへと転送してしまった。
急いで一番大きいモニターの画像をマク・アヌに切り換える。

「…あ」

そこにいた二人組はマク・アヌには似合わない高レベルプレイヤー。
上半身裸で体中に緑の刺青を施した巨大な剣士とイリーガルな赤い服の小柄な双剣士、

つまり.hackersのメンバーで……バルムンクさんの親友。

「カイト!オルカ!」

彼ら二人から少し遅れてバルムンクさんがゲートインしてくる。

「「バルムンク!」」
「久しぶり。……二人とも戻って来ていたのなら連絡くらい欲しかったな」
「メールならしたぞ?」
「僕も……って言うかメール見たから来たのかと思ったよ」

それを聞いてバルムンクさんのキャラが一瞬凍結、そしてすぐに戻って来た。
さしずめメールをチェックしたのだろう。


俺が何度言っても放ったらかしだったのに。


「すまん、最近メールを見る暇がなくてな」

苦笑混じりで謝る様子に腹が立つ。

「……メール見る暇はなくてもモニター見張る暇はあるわけだ、システム管理者さん」
「軽く職務怠慢じゃないのか」
「その辺は見なかった事にしてもらえないか?」

バルムンクさんが少し伏目がちに言うと、三人は笑い出した。
俺には見せない満面の笑みで。
なんだかものすごい暗い気分になって咄嗟にマク・アヌのモニターを切る。
ブチ、と音がして真っ黒になった画面がなんだか虚しかった。
俺、馬鹿みたいだ。

それから20、30分でバルムンクさんは帰って来た。

「レキすまん、あいつらが来ていてな……今からちゃんと仕事するから……」
「はい、お願いします」

ぶっきらぼうに言うと、俺はバルムンクさんと反対側を向いて自分の仕事を始めた。

「レキ……?」

バルムンクさんはカイトとオルカの事を“あいつら”と呼ぶ。
それは直接名前を呼ぶよりも何倍も親しみがこもっていて腹が立つ。
実際彼らはバルムンクさんの親友なのだから親しみがこもっていて当たり前なのに、
それが分かってなお腹が立つ自分が女々しくて馬鹿みたいで

更に頭にくる。

それからと言うもの、暇を見つけては彼らと話し、時に一プレイヤーに戻ったかのようにゲーム内で遊び、
その話を仕事中俺にしてくると言う悪夢のような日が何日か続いた。
バルムンクさんは器用で、遊んだ分はしっかり真面目に仕事をして、システム管理者としては特に問題もない様だった。
ま、元々一人でやっていた仕事を俺と分担したわけだしね、この仕事。
ただ尚更俺の存在価値が下がっていくようでやりきれない。

「……なぁレキ」

ちょいちょいと手招きされ、仕方なしに近寄る。

「なんです……かっ!?」

いきなり口付けされた。
何考えてんだこの人。

「最近変だろ、レキ。」

呆然としている俺に向かってそう言い放つ。

「……いや、その」

俺としては物凄い勝手な言い分なので口にする事が出来ない。

「俺の方としてもやりにくいから話して欲しいんだが」

真剣に目を見られてたじろぐ。

「……勝手な理由なんですけど」
「……」

バルムンクさんは何も言わずに、先を言うように目で促してくる。

「……俺の事、本当に好きですか?」
「は?」

目を丸くして首を傾げる様子に俺は戸惑う。
しばらく嫌な沈黙が流れる。
それを切ったのはバルムンクさんだった。

「……もしかして………あいつらに嫉妬してたの……か?」

直球ストレート。
勘が良いのだか悪いのだか分からないけれど、一番適格な言葉。

「……はい」

俺の返事を聞くとバルムンクさんは大笑いし出した。

「ははは、若いなぁ、レキは」
「若さ関係ないでしょう」
「あるある。20代って若いな」
「アンタも20代でしょ」

不貞腐れて言えばまた笑われる。

「少なくともあいつらに嫉妬する程若くはないからな」
「そのあいつら……って呼び方が嫌なんですよ」

また分からないといった顔をするので俺は説明すると、にや、と笑って俺を引き寄せた。
腰を掴むな、腰を。

「レキ、じゃあ俺は皆にお前の事を恋人です、と紹介して良いのか?」
「困りますね、それは」
「だろう?」

そう言うとさっきとは違う口付けをしてくる。
歯列をなぞられる事でぞく、となり、逃げようとするも腰を掴まれていてどうしようもない。

「……んっ」

息がきつくなり、バルムンクさんを叩くとやっと離してくれた。

「なんだ、嫌なのか」
「嫌じゃないですけど、なんて言うか」



「私は嫌だぞ」



「「へ?」」

不意にフェイスマウンドディスプレイを取られる。
管理室には二人きりの筈なのに。

「柴山さんっ!?」

そこに立っていたのはデバックチームの長、柴山咲。

「藤尾に渡すものがあってな。本来なら斉藤に任せたかったのだが
今日はもう帰っていたので仕方なしに私が来てみれば………これだ」

汚い物を見るような目で俺たちを見てくる。

「真面目に仕事しろ」

パサと何かの資料が俺に向かって投げられた。

「すいません」
「なんだ柴山、驚かないのか?」

部屋を後にしようとしていた柴山さんが振り返る。

「なんとなく予想はつくさ」
「そうか」

いつの間にか帰る準備をしていた彼が立ち上がる。

「よし、藤尾、帰るぞ!」
「え?」
「そうだ、さっきの質問、まだ答えていなかったな。」

急に俺の顎を掴むと、耳元で

「本当に好きだ。愛してる」

と言った。

「……っ!」

またこの人は柴山さんの居る前で!

「藤尾、今日は俺の家に来い。泊めてやる」
「ちょ、何本当に帰ろうとしてるんですか!職務怠慢!柴山さんも何か言って下さいよ」

すると彼女は心底呆れたような顔をした。

「良いんじゃないか、退社時間はとっくに過ぎている。……明日遅刻するなよ」

声には嘲りと軽蔑が込められていた。



結局翌日は二人そろって遅刻ぎりぎりで、
柴山さんにはまた呆れた目で見られたけどそれでもやっぱり俺は昨日までとは打って変わって上機嫌で、
まだまだ子供だなぁなんて思った。



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バルムンクさんはゲーム時も大好きですが、腕伝の時の性格が良いと思います。
っていうか.hack//のゲーム語れる人が欲しいです。




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