好きな天気は雨。
好きな色は黒。
そんな気分。


〔コントラスト〕


昔から、派手な色とか、派手な行動は嫌いだった。
嫌いだった…と言うよりは極力避けてきたと言った方が正しいのかもしれない。
華美なモノはそれ相応の反応を要求される。
才能だったり、容姿だったり。
もしそれが見合わないようなものなら、
そいつはすぐに光を浴びる場から追放されるのだ。
そんな奴を腐る程見てきたから、特に目立つわけでもなく
根暗(根暗って実は逆の方面に置いて究極に目立ってるよな、とか今更思ったり)というわけでもなく、
無難なラインを無難に生きてきた。

「……またいないのか…」

そして俺は、そんなスポットライトの中を素で行くような奴が大嫌い。惨めになる。
…被害妄想なのだろう。
でも、そう思えてしまう時点で吐き気がするような嫌悪感を彼に抱く。

「バルムンクさぁーん!?」

元伝説のプレイヤーで、今はCC社が提供するThe Worldのオペレーター。

「仕事溜まってますよ…本当、出て来て下さいって」

二つ名、蒼天。

「今何時だと思ってるんですか」

美麗な容姿に、飛び抜けるような白。

「9時半だろう?」

PC名、バルムンク。




「出社は8時です。9時半じゃえばれません」

木陰からにょきっと首だけ出して、
ご自慢の外ハネヘアーがさらりと首を伝った。

「レキは厳しいな」
「社会ってそういうものですけど」

自分勝手な振る舞いは、普通なら社会生活に置いて成り立たない。
だというのに、彼の場合は過去の功績だか何だか知らないが、咎めの声は少ない。
というか、あってもなかった事にしてしまうのだ。
見ためを始め、俺の嫌いな人種だと初見でわかった。
しかし部下は上司に何も言えるわけもない。
社会のルールだ。
ここは世間知らずのガキが蔓延る学校じゃあない。

「難しい事は知らないな。私はただ今日も愛しいこの世界で…」
「はい、終わり。これ、はいこれも。後、上からのメールが3件。
いい加減催促が五月蝿いので行って来て下さいよ」
「ふぅ」
「溜め息つかない」

くすり、女なら簡単に靡くであろう笑みを湛えて俺に微笑みかける。

「いつも有難う、レキ」
「…分かってるならちゃんとして下さいって」

唐突だけど、俺はこの人を殺そうとしたことがある。
……いや、ゲームの中だけども。
スポットライトの下にいる人間が目障りで仕方なくて引きずり落とそうと思ったのかもしれない。
心地良さそうに草原のフィールドで寝入る彼を見て、MPを最大限に使った魔法をぶっ放してゲームオーバーにしてやろうとした。
でも、未遂。
馬鹿らしくなったから。
この電子の世界でたった一度命を落とした所で、僅か5秒間彼がいなくなるだけの話だ。
それはあまりにも不毛な行動。

“要はこの白をどす黒い色に染め上げれば良いって事なんだけど”

目障りな白を染め上げるは、罪の色。
スポットライトから引きずり降ろすためなら俺は何でもしよう。
闇を染める闇色はないのだから。

「バルムンクさん、今晩、一緒に呑みません?」
「……?」

バルムンクさんは、ばさばさと古典的な手つきで溜まった資料を落とした。

「な…何ですか」
「え…あ、いや、レキから誘いがかかるなんて始めてだな」

誘いの言葉を振りかけるのは、いつも決まってバルムンクさん。
別の人を誘って欲しい、と頼んでもレキが良いと言って聞かないから、何度も付き合わされた。
付き合わされる度彼の細かい所まで目がいって益々嫌いになるのだが、彼は気付いていないのだろうか。誘いの声は止まない。

「そうですか?じゃあよしましょうか」

本当は…気付いているけど。

「いや、行く!」






「……いつになく弱いな」
「悪いれすか」

呂律が回らない演技をして
(多少は酔ってるけど。素面でこんな演技はできまい)彼を見詰める。
PCのバルムンクのグラフィックも相当美形に作られているが、それに勝るとも劣らない、腹立たしい程の美麗さ。
居酒屋という所帯地味た平凡な所にいるのに。

「藤尾が弱いのは知ってたけどなぁ」
「…」

そりゃ何度も付き合わされたから。

「此処まで酔ってるのは始めて見るぞ?……帰れるのか?」

ふらり、ゆらり。
歩く足は覚束ない。演技だけど。
でも今日は帰さない。
あんたを罪の色で染め上げるまで、帰さない。

「……」
「仕方ない、タクシー呼ぶから家の場所位は分かるな?」
「……」

適当に意味不明な声をあげてみる。
家を示す事すら出来ないと思わせれば良いだけだ。
彼は何とも渋い顔をした。
タクシーを呼んで俺を乗せてしまえば自分がついて行く必要はない。
それでは困る。
つまり最終的な選択肢は一つ。

「……俺の家で、構わないか?」

…かかった。






車の中ではどうやら寝入ってしまったようで、気がついた時にはもう見知らぬ家の中に居た。
上着とネクタイは知らずのうちに外されて、すぐ側の椅子に置いてあった。
どうやら俺はソファに寝かされているらしい。

「藤尾…?」
「え…?」

くるんと反対を向いた所で正に目と鼻の先に彼。
その状態のまま姿勢を正せなかった。

「あ…の?」

どうやら風呂に入ってきたらしい彼の髪から
ポタポタと滴る水が首筋に当たっては流れた。
その温度が気持ちいいと感じられる位、俺の体は火照っている。
……おかしい。
多少酔っていたとはいえ、一度寝たら冷めるはずなのに。

「酔い、冷めたか?」
「え…」

くすり、少し見慣れない笑いで彼は俺の寝ているソファの逆端に座った。
反動で俺の体が少し跳ねた。

「冷めたも何もないか」

どくん

彼の声色が変わった。

「最初から酔ってなかったよな?」

どくん

バレてる。何処でバレたんだ。

「逃げるなよ」

彼の手のひらが、俺の頬を伝って左胸の前まで。
鼓動が跳ね上がった。

「…っ!」

体に響き渡る心音が彼にまで聞こえるんじゃないかと思う程、俺は取り乱してる。そういう覚悟はしてきたはずなのに。

ぷちん、ぷちん、と、片手は胸に当てたまま反対の手で器用に
シャツのボタンを外して、次の瞬間にはベルトに手をかけていた。
その手を、条件反射で振り払う。

「な…に、す」
「何するって…藤尾はそのつもりで来たんだろ?芝居までして」
「…」 

彼を直視出来なくなって、そっぽを向く。
違う…いや、違わないけども、少なくとも俺が劣勢になるとは考えていなかった。
行為の事と言うより、立場の件で。 

「俺は、藤尾が思ってる程綺麗じゃないからな」
「…っあ!」

腰のラインを撫で上げる所作に、体が不覚にも反応してしまった。
男相手に慣らされている分けでもなかったのに。
俺が逆に彼の雰囲気に呑まれているみたいだ。

「感度良いじゃないか」
「…っ、違いますよ」

未だ胸に置かれた彼の手を押しのけて、体を起こす。
彼のペースに飲まれるのは、ごめんだ。

「藤尾」
「うっ」

ぎし、ソファの弾まないスプリングが軋んで、
俺はさっきよりも深く革張りの生地の中に沈んだ。
その場の空気は、もはや彼が優位になっていることなど自明だと言わんばかりに纏わりつく。

「誘ったのは藤尾だろう」
「そこは…まぁ認めますけど」
「嫌そうな顔をするなよ」
「気にしないで下さっ…」

唐突だけど、唇って敏感にできているらしい。
俺のそれと彼のそれがくっつく瞬間をコマ送りみたいに感じる事ができるくらいだから。
彼の濡れた髪から滴る雫が瞳に染みて流れた。
くちゅ、くちゅとわざと音をたてて俺の羞恥心を浮かびあがらせておいて、肝心な所まで舌は伸びてこない。
それを強引に絡め取ろうとすれば、自ずと俺の仕草は誘うように見える。

“誘ったのは藤尾だろう?”

あくまでその一念を忘れさせてくれない。
行為の一から百までを握っているくせに。

「ふぁ…っ、んっ」
「男にキスされて感じるなんて、藤尾も好き者だなぁ」

くすり。冷やかす言葉に反応出来ない程、頭がぼやっとして、息は荒い。
悪いが端から男に興味があるわけじゃない、ただ、彼の余りにも手慣れたペースに流されているだけだ。
それだけだ。
長い指で俺の短い髪を梳いたのをかわきりに、耳に、首に、鎖骨に、無遠慮に這い回る。

「っはぁ…ァ…やめっ」
「止めろって言われても…じゃあこれはこのままで良いのか?」
「…〜〜っ」

服の上から僅かに反応し始めた自らの高ぶりを確認させられて、顔が赤くなるのを感じた。

「履いたままで良いなら良いけどな」
「…止めて下さいっ、触…、どこ触ってるんですか…っぁ」
「やめて欲しい奴の出す声じゃない」

今度は、条件反射が間に合わなかった。
拒もうとした腕は逆に絡め取られてソファに沈み、反対の手でズボンは簡単に剥ぎ取られた。
ぼんやりとした意識の中、
あぁ皺にならないと良いなぁ…明日困るからとか、割と現実的な事を思って自嘲の笑みが零れた。

俺が愛撫を我慢して声を抑えたり、耐えきれずこぼしたりする度、彼は何か言ってきた。
途中までは必死に否定していたけど、その内諦めた。
思考をして返事をするのが億劫だったのかもしれない。
投げやりな気分だったのかもしれない。
しかし、自分の事すら主観的に見れない位に悦楽に溺れた状況下、一言だけ嫌にはっきり聞こえた言葉がある。

「お前は俺を好いてるわけじゃ、ないんだよな?」

勿論、と、そう答えるつもりだった。
身体を蹂躙される事はどうでも良くなっていたが、そこだけははっきりしていたから。
だけど

「…なんでそこで泣く」
「えっ?」
「嫌なら最初から誘うな」
「俺…泣いて…?」

少し怪訝な顔をして、手近にあった手鏡を見せられた。
高揚して朱色に染まる頬に、一筋の涙が流れていた。

「痛いなら言ってくれ。初めてでもないんだろう?」
「…何が、です?」
「え?」

刹那、彼の顔が歪んだ。
朧気になった視界を正すために目をこすっているうちにその表情は消えていたが、確かに歪んだ…と思う。
妙な確信があった。

「あぁ、もう良い、分かった…続けるからな」
「分かったって何っ…ぃ、痛っ!ぁッ、ぐっぁッっ!」

刺すような痛みが身体全体に走って、気を失いそうになる。
自分ではどうにもできない部位を、蹂躙される屈辱感。
ここに至るまでの自分の行動を、限りなく悔やんだ。
あぁ、こんな人間と関わらなければ良かったのに。
こんな奴、上司にいなければ良かったのに。
出逢いたくもなかった。

声をあげて身体と心の苦痛を散らそうと足掻いても、
異物感が圧迫感に変っただけで心は急降下を続け、助けにもなりはしない。

「ぁ、ひっ…痛ッ、無理っ…、抜…いて下さ…いっ、ぁああッ!」
「やっぱりなぁ」
「っは、ぁ、何…?」
「いや、こっちの話だ…動くぞ?」
「や、やめ、無理…ああッ…ぅあぁァあッ!」

意識がぷつん、と切れた。
あぁ、二度と目覚めなければ良いのに。
そうしたらきっと最大の嫌がらせが出来る。
しかしそう上手くもいかず、俺はそう長くない時間の後、意識を取り戻した。
どうやら彼は俺が気を失っている間も愛撫を続けていたようで、、痛みは痺れるような甘い感覚に変わっていた。

「え…?」
「起きたか?面白いなお前。で、まだ痛いか?」
「いえ…っていうか…、っぁ」

砕けるような激痛が、溶けるような快楽に?

「ぁ…んっ、ぅあっ、んんぁあっ…!?」
「ここか?」
「っ、そこ…っ」

目の前がスパークする。
身体中の血が全部下半身に集まっているみたいで、そのまま溶けていくみたいで。

「も…、イく、からっ、退いて下さ…い」
「退かない」

退かないどころか、良い所を集中して攻めるから、俺はどうにも耐えきれなくて、そのまま精を吐き出した。
このせいで彼が汚れようと構わない。
それ位しても良いじゃないか。
きっと何をしても明日には忘れてしまうのだろうから。
彼にとってのその他大勢の中のへ。

白濁に身を投じる直前、あぁ、この人は一番嫌いな白だ、って気づいた。
何が嫌かって、ただの純粋さじゃない、白色光のように全て清濁組み合わさって白になる、そんな白い奴。
俺が取り込まれても、影響なんかこれっぽっちもない。
きっと取り込んだ事すら忘れてしまう。
本当に、出逢わなければ良かった。
関わらなければ良かった。



…大嫌いだ。





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