だらだらと出社して、自分の机に積まれた資料やら書類やら何やらを忌々しげに睨み付けて荒っぽく席につく。

朝は苦手。

家から会社が近いわけでもないのに未だ覚醒しない頭を戒めるかの如くFMDを被ってディスプレイのスイッチをオン。
聞き方によれば機械の起動音って虫の音みたいだ、とか思って一気に気分が悪くなる。
想像しなきゃ良かった。

「ぅ…?」

起動された画面はいつもと違う待受け画面。
でかでかと写し出される俺の上司。

何やってんだあの人……!

「……馬鹿だなお前ら」
「!?」

ぞくりと悪寒が走る。

「柴山さん!?これは、俺じゃなくて」
「分かっている、それ位。」

ほらこれ、あいつに、とROMを机においてさしたる表情変化も見せないまま煙草の匂いだけを残して彼女は去って行った。

「はぁ……」

振り返ってディスプレイを見て溜息。
設定、戻すか。

「うわぁ……」
「斉藤さん!?」

趣味悪ぅ、と軽蔑のまなざしで俺を射抜いて彼女もまた去って行った。

何なんだあの二人。

すっかり目は醒めて、結果的に良かったのかもしれない。

いや、やっぱり駄目か。

カチリとマウスをクリックすれば、
ディスプレイは元の青い単調なものへと変わって、さらに四角いコマンドをクリックすれば俺は電子の波に飲み込まれる。
The World、その世界へと。


「ったく、またいない」

いつもの管理ルームには案の定上司の姿はない。

「今日もあそこか」

彼お気に入りのエリア。
ただ広い草原が広がるだけのフィールドで、サボっている彼を引き戻すのは毎朝の俺の仕事。

「……」

ほら、いた。

「バルムンクさん!いい加減起きて、仕事して下さい!
って毎日言わせないで下さい!」

……あれ。
いつもはこれで起きるのに。
試しにもう一度やってみても彼の綺麗なアバターは放置の極み。
って事はまさか。
FMDを取り、立ち上がって上司の席を見れば空席。
いつかはやるかなと思っていたけど、等々やったな。
彼もようやく“FMD被ったまま寝落ちしなくても寝る事が出来る”事に気がついたのだろう。

「すいません、そこの人」

ぴしりと上司の席を指さして管理ルームにいる同僚達に問う。

「何処に行ったか知りませんか?」

“知らない”“見てない”“今来たばかり”“またどっかで寝てんじゃね?”
様々な返事が返ってくるも欲しい情報は一つとない。

「ちょっと探しに行って来ます」

毎度毎度頑張るね。
憐憫の視線を感じながら部屋を後にした。
とりあえず、仮眠室かな。
普通の社員なら絶対使わないけれど、どこか抜けた彼ならもしかしたら、ね。
ノックもせずにがらりと大きな音を立てて扉を開いて少し後悔。
廊下を歩く人に変な目で見られた。
って言うか

「まさか本当にここだとは思いませんでしたよ」

俺の上司は気持ち良さそうに静かな寝息を立ていた。
側にしゃがみこんで声をかけようとして少しためらった。

“……綺麗なんだよなぁ”

整った顔立ちにさらさらの髪。
寝息を立てる度に上下する身体はほっそりとしなやかで。

「アンタは白雪姫か何かになったつもりなのか」

「いや、違うな」

「うわぁっ!お、起きてたんですか!?」

ぱちりと眼前で瞼が開かれ、驚いて後退った。
つか今ばさって音した!
睫毛長い人って音するって言うけど本当なんだ。

「あんな五月蠅い開け方したら誰でも起きる。俺以外の人が使っていたら怒られるぞ?」

アンタ以外使いません、こんな所。

「もうとにかく仕事戻って下さいよ」
「んー…」

すたすたと素直に扉に向かうのでほっと胸を撫で下ろす。
また一悶着起こされたら叶わないからね。
しかし彼の行動は俺の予想に反していた。
360℃しておまけに180℃する位……つまり真反対。
あろうことか仮眠室の鍵を閉めて俺に向き直ったのだ。

「な、何するつも、うわぁっ!」
「五月蠅い、外に聞こえる」

アンタにだけはそういう常識みたいなの言われたくないね。
壁に身体を押しつけられてそう思った。

「藤尾」

名前を呼ばれてびくんとなる。俺は何よりこの声に弱いんだ。

「お前がここの所怒りっぽいのはもしかして一週間近く抱いてないからか?」
「はぁ!?」

何言って……抱くとか、こんな綺麗な顔で(顔とか全く関係ないけど)言うか普通!

「何を根拠に」
「だって今俺見て物欲しそうな顔してたじゃないか」
「してません」
「してた」

確かに綺麗な顔だなぁって思ってはいたけど!

「まぁ、付き合え藤尾」
「やっ、ちょ……」

いとも簡単にネクタイとシャツのボタンを外され、肌が露になる。
片手で手を束ねて壁に押しつけられていて、抵抗なんて出来たものじゃない。
そもそも彼の方が背だって高いわけだし。

「藤尾は細いな」
「アンタだって……ッァ、あ」

身体の線を彼の細い指がなぞった。
それだけでも今の俺には感じるものがある。
まぁつまり彼の言った事もそれなりにご尤もってわけだ。
確かにここ一週間、忙しくてゲーム上の
……つまり“バルムンク”と“レキ”の姿でしか顔をあわせていなかった事でそれなりに不満みたいなものはたまってた。
アバターって便利だけど不便だ、なんて中高生が彼氏と電話でしか話せない日々に文句を言うみたいに
一人愚痴ったりなんかしてみたりもした。
まさか、分かってて技と仮眠室まで来たのか?
思わず彼の顔を凝視すれば彼はにやりと笑った。

「まさか……」
「どうかな」

くす、と笑って俺の胸の飾りを弾いた。

「あっ、ちょ、はぐらかさないでっ……ん」
「そんな事どうでも良いだろう?」

俺は今、お前とやりたいんだから。理由なんかそれだけで充分じゃないか。

「んっ……」
「まぁ、俺一人なら引く事も考えるけど」

胸を遊んでいた指が扇情的に身体をなぞりながらゆっくりと下肢の方へと降りてゆく。

「藤尾も」

服の上からでも分かる程度に勃った自身を指さして言う。
顔から火が出そうだ。

「まんざらでもないだろう」
「ひぁッ、ぁん」

服ごしに触られただけで身体は素直に反応する。
あぁもう!穴があったら入りたい!

「恥ずかしがる事か?」
「普通は恥ずかしいものなんです」

好きな人の前で欲しがってる事を露にするなんて。

「でも男で良かったな」
「なんでですか?」
「欲しがる気持ちが良く分かるから」

ぐい、と下半身を密着させられて彼の自身もまた反応している事が分かる。

「ッ、はァ……ぁ」

押しつけられてこすれたその衣擦れも刺激に他ならない。
ちらりと彼の顔を覗けば、声には出さないものの息遣いは上気していた。
こう言う姿が良いんだよな、なんて口にしたらどうだろう。
美麗な顔がほんのり赤くなって、僅かに開かれた口は魅惑的。
俺は彼に酔っている。

「も、良いや」
「何が?」

微笑みを浮かべて彼を見詰める。

「正直に言います。抱いて下さい」

少しあっけにとられた彼。
でもすぐいつもの顔に戻って、

「分かった」

頷いた。
かちゃりと音を立てながらベルトを外されても今度は抵抗しない。
どちらかと言えばなるべく音を立てて欲しい。
こんな所でこんな事してる背徳感みたいなの、味わってみたいから。
下着ごとズボンを下ろされて露になった自身を彼は頓着なく口に含んだ。
最初は先だけを焦らすようにやんわりと。
次は強めに根元を吸っていく。
彼に弄ばれて瞬く間に俺の自身が固くなるのがはっきり分かる。

「ぅ…ァ、ぁアっ、離れ…てぇっ、イ…くッ……!?」

快感を望んだそれは彼の手によって塞き止められていた。

「ちょ、なんです、かッ……!?」
「まだ」

床に捨てられた俺のネクタイを拾って自身の戒めにされた。
切なげに見を揺らせど彼は何処吹く風で相手にしてくれない。

「悪趣味」
「藤尾も似たようなものだろう」
「違いますよ、ぅ痛っ!」

胸に痛み。
見ればネクタイピンで飾りを摘まれていた。

「やだぁっ、いやっ…だ…やめて、これは…いやっ、です…ッ」
「そう?」

ぐりぐりと容赦なくピンを弄る彼の目は悪戯の目。
胸が弱い事はとっくの昔にバレている。

「ぁあん、やめて…下さっ…い!」
「…身体は今までで一番悦んでるけど?」
「じゃ…ネクタイ取ってぇ…」
「それは俺がイく時」
「なら…早くイ…っあ!」

やばい誘導尋問だ。
って言うか引っ掛かった!
早く先に進めって俺に言わせたかったのかこの人は。
にやりと満足げに笑う彼は絶対フィアナの末裔とか蒼天のバルムンクとか呼ばれるべきじゃないと思う。
ネットはロールが横行します!気をつけましょう!
でないと俺みたいになるよ。

「そうか、なら急いでやる」
「……っち」
「上司に向かって舌打ちはないだろう」
「そっか」
「そうだ」
「それじゃないですよ、今勤務時間って事を思い出したんです。
早く終わりにしましょう」

何その俺は最初からずっと分かってたよって顔。
偉くないから、むしろ逆だから。

「…にしても言ったな藤尾」
「何を…?」
「早く…させてもらおうか」

ひょいと俺を持ち上げて強引に足を広げさせる。
そしてそのまま彼の自身を俺の後腔にあてがい、つらぬいた。

「あああッ!」

痛い、慣らしても痛いのに慣らさなければさらに痛いに決まってる。

「や、やだ、痛いッ」

じたばた暴れて動けば動く程、重力に逆らえない身体は
深く彼の自身を咥えこむ事になる。

「藤尾、ちょっと五月蠅い。外に聞こえ…」
「やだぁぁっ、抜いてっ」
「あぁ世話のやける…」

かくして声はおさまった。
かくしてって何かって?
彼が俺の口にくらいついたって事。
キスって言うか、くらいついた感じ。
するりと入って来た舌は俺を蹂躙する。
俺が意識せずとも絡み合うし、歯列をなぞって弄ぶ。
外に出てる人間の器官の中で舌が一番敏感だって聞いた事がある。
五感の中で味覚と触覚の二つがあるのだからそんなものだろう。
そして確かにそれは正しい。
くちゅくちゅと嫌らしい音を立てて吸い付く舌は小さいながらも
確実に刺激として俺に伝わっていった。

「んっ…」

銀糸を引いて離れた頃には、慣らさずに挿れた痛みなどとうに忘れていた。

「見つかりたかったのか?そうとは知らなかったな」
「すいません」

ちょっと五月蠅くしすぎました……けど根本的にはアンタのせいだから。

「じゃあ早くするか」
「んっ…ふぁっ…」

俺の中を蹂躙する彼は良い所を知り尽くしていて、
“早くスル”の言葉を忠実になぞっていった。
普段なら緩急をつけてじわじわと嬲ってくるくせに、今日に限って性急な動き。
もしかして実は仕事の事気にしてる?

「あッ…のっ!もしかし…てっ、はァ、ぁんっ…」
「仕事…か?気にしてるに決まってるじゃないか」

全国2万のユーザーが今日もあの世界で待ってるから。

「またっ…んぁ…あの、セリフですかっ…」
「私はこの世界を愛している」

満面の笑みで次の句を繋げる。

「私は藤尾を愛している」
「アンタは…いつも…そうっ、だ」

真っ直ぐな瞳で俺を掻き乱して清々しく去って行く。
ついて行くのは大変なんだって事知ってますか?
…知っててやってそうだ、この人なら。

「お前はそんな俺の事が好きなんだろう?」
「〜ったく、もぅ…あなたはっ…!ん、嫌っ…やだ…も」
ぐい、と強く前立腺を押されていよいよ限界を感じる。
縛れてイけない様にされた自身に手を伸ばしてその戒めを解くべく苦心するもことごとく彼の手に払われて無駄になった。

「な…んで?」
「俺が取るよ」

不意に戒めが解放された。
それに併せてきつく俺の自身を抜かれてもう俺が絶える必要はない。

「ぁああアッ!」

出来るだけ声を殺して、それでも彼には伝わる様に耳元で叫んでやる。
俺がイったすぐ後に、うっ、と低い呻き声をあげて彼もまた俺の中に精を吐き出した。

しばらく荒れた呼吸を整えて互いに顔を見合わせる。

「……」
「何だ藤尾」
「何だじゃないですよ。早くどいて下さい」

ここを片付けて服を正して仕事に戻らなければ。
時間は止まってくれないのだから。

「現実主義だなぁ」
「どの辺がですか?」

言ってる側から俺はティッシュ箱に手を伸ばしていて。

「情事の余韻とかないのか」
「今は仕事です」
「久しぶりに顔見た俺に対するコメントとか」
「毎日顔はあわせてるじゃないですか」
「ゲーム内じゃアバターしか見えない。俺は久しぶりで嬉しかったんだけどな」

俺だって。
でも言ってやらない、どうせ分かってるから。
そこまで彼を甘やかすのは禁物だって甘やかすは少し変かな。

「藤尾」
「だから何ですか」
「今日、帰り家にくるか?」

彼より背が低い俺の顔を覗きこんでにっこり笑う。
うぅ、やっぱり綺麗だ。
と言うか、ここ数日会えなかったのに対して俺が不満に思っていた事を完璧に理解している。
本当にこの人は惚けた顔して大した観察力を持ってるんだから。

「どうする」

くるりと彼の体を回してその背に小さく“行かせてもらいます”と呟いて部屋を走り出た。
甘やかされてんのは俺かもしれない、そう思いながら。





―戻る―