燃え盛る炎、闇夜は紅く照らされ、雲は妖しく月を隠している。
汗をかく季節ではないが、肌には汗を感じ、辺りには煤が舞っていた。
紅い光は全てを紅く染め上げるから、目の前にいる人間も古びた絵のよう。
全ての要素が視界を曇らせ、

それでも

「やっと、サシで勝負が出来るな」

その姿、霞む事はない。

「くく、余程わしに会いたかったようだな」
「あぁ、会いたかったさ」

「殺すためにな」

乱世にかこつけた無差別な殺戮への怨恨は、深く暗く滴となって俺の中へ溜まってゆく。
信長の愚行は覇業ではない。
覇業なら紀伊之国で恙無く生きることを望む小さな傭兵の里を潰す理由などないから。

「うぬがこの信長を殺すか」
「私怨だけどな。今じゃ日の本の国の誰もがてめぇの破滅を望んでる」
「くくく、誰もが…とな?」
「はん、何余裕ぶってんだ。周りを見ろよ」

謀反を企てたのは信長の重臣。
一番認められていなければいけない人間に愛想をつかされた。
もはや信長に居場所などない。

「延暦寺よりよく燃えてるぜ」

信長は覇者などではない。
駆け抜けていく風、そうまるで吹き荒ぶ嵐。

「吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ」

「ほぅ、うぬも歌を知っていたか」
「馬鹿にしてんのか?」

銃を、構える。
間合いは完璧。踏み出したら、それがあいつの最後だ。

「孫市、その歌は」

じゃり、足元の砂利の音。
動いたな。

ばあぁぁん

銃弾は鎧の合間の首を貫いてはぜた。
寸分狂わぬ俺の狙いは勿論長けた視覚故の事で、つまりそれはあいつをしかと見続けていたことになる。

“うぬに返そう”

確かにそう言った。
歌を、俺に返す?

“うぬこそが、乱世の真の山風よ”

その意味を深く考える暇もなく、

「いたぞ!捕まえろ!」

体は逃げだしていた。
何故?逃げる理由などないのに。
一歩立ち止まって歌を反芻する。
知らぬ間に背筋が凍るような心地が体を支配していた。





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