信長を討った。
誰に頼まれたでもない、俺の判断で。
奴はやっちゃならない事をしたから。
だけど、何も…本当に何も変わらなかった。
むしろ、覇者を失い日の元の国は混乱を極め、影が囁いたように世界は無明荒野へと向かっているようだった。

「雑賀孫市の首を取れ!」

それは何故か織田軍以外からも聞こえてくるようだった。
結果として俺が導く事になった混沌の世を、誰も望んじゃいないんだ。
俺自身でさえ望んじゃいなかった。
信長を討つ事がどんな結果をもたらすかについて、俺は浅はかな答えしか予想していなかった。
しかし、こうなるとは思わなかった、では通らない。
だから追われる事は俺自身の罪。
償いきれない、戦乱の再来。

「山へ、逃げたらどうだい?」

気の良い友人は的確な助言をくれた。
場所としてだけではなく、もっと深い意味を乗せて。
俺はもう日の光を浴びる生活は出来ない。してはいけない。
それでもまだ生きる意味があったから、俺は逃げ続けながら闇を生きる。

“…鹿の、声?”

山になら鹿がいる事は不思議でも何でもないが、その切ない鳴き声に心が抉られる思いがした。
仲間を探すような、自分以外の存在を求める声。

世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞなくなる

“あぁ、そうか”

孤独な鹿の様子は、今の俺と余りにも似すぎていた。
誰も許してはくれない、それ以前に放った声を受け止めるものもいない、そんな孤独に俺は耐えられない。
例え俺が友人の助言の通り山に籠もっても、きっと永遠に孤独がつきまとう。
日を重ねるに連れて重く深く、そして苦しく。
思考を止める他に、無明荒野を抜ける手段は……ないのだ。

「ははっ、ざまぁねぇや」

助けて欲しいと思ってしまった。
あの日だまりのような彼に。

「あんたは、今、一番俺から離れてる」

自由を生きる彼に、閉ざされた俺。
相反する二つは酷く反発しあっていて、消して寄り添う事はない。

「もう、いい」

あんたまで捨て置く事になるのなら、俺が生きる意味はどこにもない。
眼前に広がるのは、切り立った崖。
先は無明荒野。
俺が作った、無明荒野。

その中に身を投じる瞬間、俺が居なくなった後には光が差す事を祈った。
それでも最後は、

“もう一度、会いたかったな”

なんて、

俺は本当に救いようがねぇ。



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