目が印象的だった。
次に声。
俺が始めてあいつを見た時は、その位しか分からなかった。
それでも俺は、確実にその時からあいつに惹かれていたんだと思う。



「っ痛!」
「ちっ、掠っただけか」

風を切る音に感づいて、とっさに身を屈めたところで声が降って来た。
基本的に刃物ではない凌統の武器だが、流石に頬先を掠めれば怪我くらいはする。

「危ねぇな」
「殺すつもりなんだから当たり前だろ」

殺すつもり、いつもこいつはそう言うが、どうにも合点がいかない事がある。
闇討ちを狙わないのは、温室育ちの名残だったり、
皮肉屋と見せかけて実は真っ直ぐな性格故だったりするのだろうが、俺が納得行かないのは殺気がないこと。
俺が呉に降った時はあった筈だ。
宜しく、と差し出した手は握り返される事なくただ睨み付けられて、
憎しみとか恨みとかがない交ぜになった暗い感情を確かに感じた。
“やっぱり恨まれてんだなぁ。”
何て呑気に思った記憶がある。
それが今は

「何惚けてんだよ」
「え?」
「そんなとこに棒立ちになってんの、邪魔だっつの」
「あぁ、わりぃ」

助言なんかしてもらえる位の関係になってる。
只の慣れじゃ憎しみは消えない。
だから俺は一度だけ、僅かな望みをかけて行動を起こすことにした。

「話、あんだけど」
「俺はないけど?」
「俺はある」

凌統を押し付けるように壁に手をついた。
背丈はいくらか劣っているが、そもそも凌統は細身なので、すっぽりと俺の間に収まった。

「何のつもりだ」
「なぁ、凌統」

真剣な目で話せば、こいつは皮肉をやめる。根が素直な証拠。

「お前、俺の事“嫌い”か?」
「はぁ…?」

凌統の表情が緩む。
垂れた目がいつもより近くに見えた。

「当たり前だろ、殺したい程憎んで
「憎んでるか…じゃなくて、“嫌い”か?」
「…っ!」

あぁ、やっぱり。

「はは、はははっ」
「何笑ってやがる、俺は答えてねぇ!嫌いに決まってるっつの!」
「そうか、なる程ねぇ」

嫌いじゃ、ない。
つまり、最悪の場合は除かれたって事だ。

「あんまりに間抜けな質問だから狼狽えただけだ、口ごもったのに他意はねぇ」
「そうか」

にやり、残忍とも取れる笑みを浮かべる。
俺はどうやら浮かれているようだ。

「何笑って…って言うかいい加減手を退けろよ」
「ん?あぁ」

言葉に逆らって、強く壁に押し付ける。
そうして、強引に口付けをした。

「!?」

暴れる腕は力でねじ伏せ、もがく体は壁で軽減され、凌統はなすすべもないようだ。
ようだとか言って、そうさせたのは俺なんだけど。
多少の期待を孕んでそろり、と舌を差し入れる。

「っ、痛ってぇ」

やっぱり噛まれるか。
ここで大人しく従う性格でもなし、だから予想はしていたが、惜しいな、という気持ちも半分位は占めていた。

「な、何、しやがる!」
「あ、顔真っ赤」
「るせぇ馬鹿野郎!」

お得意の体術とやらで派手に蹴飛ばされて、無様に床に転がった。
普段なら俺も反撃する所だが、今日は別の事に頭が一杯でそれどころじゃない。
あいつは俺を嫌ってはいない、それに加えて真っ赤な顔で口付けを受けるだなんて、
脈有りだと思わずにはいられないじゃねぇか。

「凌と……いや、公績」
「字で呼ぶな」
「俺は、お前の事好きだから。待ってるぜ」
「は、勝手に言ってろ!」

ずかずかと床を破壊する勢いで足音を立てながら去って行く背中が無性に愛おしくて、自然と笑みがこぼれた。


由良の門を 渡る舟人 かぢを絶え 行くへも知らぬ 恋の道かな


思うまま、俺は行動してみる。
それがお前の指針にならないかなって下心はあるけど。

お前は無責任って言うだろうな。

でもそんなこともないぜ。
お前がどっちを選んでも、俺は受け止める覚悟があるから。




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