「…何処だここ」

森の中に俺一人。
見渡せど見渡せど見えるのは木ばかりで、人はおろか獣の気配すらしない。
雑賀衆のやつらと信長狩りに来て、失敗して、森に逃げてこの様……違う。

違う違う違う!

分かっていながら都合の良い方に話を捏造しようとする自分の頭を戒める。
いい加減、認めなくては。


信長は死んだ。


今は誰だか分からないが天下を統一したらしい。
俺には興味のない事だ。
そう、俺が興味もつのは女、それだけのはずだったのに。

あの瞳が焼き付いて消えない。

信長を討ったその時に、俺とあいつの目があった。
あいつの瞳は魔王とは良く言ったものだと思う程に黒く、迷いも恐れも超えていた。
全てを凌駕する、闇そのもの。

そして今、俺はその闇に囚われている。

雑賀の里に戻って一月せぬ間に皆が噂していた。

“若太夫様が病んでいる”と。

事実体調が優れなかったのはあるが、もちろんその事ではない。
暗に気が触れた、とそう言っているのだ。
いたたまれなくなった俺は愛銃を抱き、適当な量の金を掴んで里を出た。
もう里には戻れないな、と少し淋しかったが、そんな感情もすぐに消え、残ったのはやはり信長の、あの、闇に追われる感覚だけ。
それから何日たったかもう分からないが、今に至る。

「はは…真っ暗か。」

そう、真っ暗だ。
視界も俺自身も、何もかも。
きっともうすぐ俺は闇の呪いに取り込まれる。
信長はきっとこれが分かっていた。

自分が死して俺を苦しめる事。
自分が死して俺を狂わせる事。

だからあの時に抵抗もせず、俺に討たれたんだ。
カサリ、と今一歩足を進める。
俺の意志とは無関係に足は進むのをやめない。
いや、違うか。
俺の意志などもう、ない。
あるのは闇の意志だけ。
だからあるいは、勝手に進む様に思う身体の方が俺――雑賀孫市なのかもしれない。

「…池」

少し開けた所に月明かりのさす池があった。
凜と佇むその様子が少し怖く、時の止まった様な水たちが何故か羨ましかった。
その水面に自分の顔を映し込む。そのまま吸い込まれたかった。
…そうすれば水になれる気がした。
水になれれば闇にならずにすむ気がしたから。

「…だよな、まさか…な」

映ったのは自分の顔。
ここ数日歩き詰めでいささか痩せてはいたが、まだ俺は雑賀孫市だった。
そして水は俺を映しはしたが、取り込んでくれるはずもなく、不自然な均衡が続くだけ。
不意に水面が暗くなった。
そして俺の後ろに顔が浮かび上がる。


信長。


「うわぁぁぁぁぁあああっ!」

闇が、俺を。

必死に池から身体を引き剥がす。
じたばたとみっともない格好で後退った。

怖い。闇が、俺を。

しかし辺りは月明り以外何もかもが闇で逃げ場は…ない。
辺りを見れば見る程闇が近付いてくる。

「ああああぁぁっ」

あの瞳が。

「あぁぁっ」

信長が。

逃げられない事が分かってもたちあがろうとするが、闇に縫い止められる。
万事休す。

「※※!※※!?」

音が聞こえた。
何だ、この音は。
…音でもこれは、声だ。
人の…しかも俺の知った、声だ。
そう確認した所でやっと意味が通じた。

「おい!孫市!?」

地面に縫い止められたと思ったのは手で支えられたから。

「大丈夫か?」

後ろにいたのは

「…っ、慶…次?」


前田慶次だった。


「お前さん、どうして…ここに?」

すると慶次が困った顔をして髪を梳く。
そしてその時慶次は孫市の瞳に以前の輝きがなく、濁っているのが分かった。

「どうしてって言われると困るがなぁ。
俺は傾奇者だから、適当に放浪してたら、偶然見つけた。
そしたら今にも水に吸い込まれて消えちまいそうだったから…思わず。
まさかあそこまで驚かれるとは…悪い。」

そう言って頭を垂れる。
俺は聞き逃さなかった。

「吸い…込まれる?」

かたかたと身体が震える。

「水に…吸い込まれる?」

そうだ、とばかりに頷く。

「っ慶次!なんで…なんで俺に声をかけた!なんで通り過ぎなかった!そうしていれば…」

今頃は水に溶け込んでしまえたかもしれないのに。闇にならないですんだかもしれないのに。
同じ消えるにしても、闇じゃなくて…最後くらい信長から逃げられたかもしれないのに。

「…水に…なりたかったのか?」

哀れみの籠った視線が煩わしい。俺は力の限り慶次を突き飛ばした。

「俺はな、もうすぐ闇に取り込まれるんだよ。その前に…水に」

声が震えて、言葉に出来たのか分からない。
俺は何を意味の分からない事を言っているんだ。
慶次が困ってるじゃないか。

「闇…って信長の事か」
「…そうだ」
「それで死にたいのか」
「…そうだ。信長に、呪われたから。」

間髪入れずに答えると、少し間を置いてから返事が来た。

「あんたは信長に呪われたかもしれないけど、紛れもなく雑賀孫市そのものだ。
だから、呪いじゃ死なない。
…それに水になるのはやめとけ、水は鏡だ。
鏡は自分の大切な部分を映しとって持っていっちまう」

慶次は意味を理解するのに立ち尽くす俺を後ろから抱えあげて自分の膝に座らせる。

「…」
「この方が落ち着くから…俺が」

いつもの笑顔で返された。
…いつもって、いつだったっけ。

「…慶次、やっぱり俺、死にたいんだと思うぜ」

顔は見えないが、背後の空気が変わった。
気にせず続ける。

「里を出て森に入った時にはまだ、俺としての意志があった。
食料もまともに持たずに森に入ればどうなるか、分かってた。…ほらな?」

やっぱり、もう戻れない。
慶次の姿を見て、もとに戻れるかと思ったが、無理だったみたいだ。
信長を討ち、呪われたその時から、もう俺の意志は呪いの影響を受けていたのだろう。

「じゃあ、なんで銃を持って出た」
「え?」
「死にたいなら銃なんて邪魔だろう
…と言うよりその場で撃った方がさっさと死ねるだろうが」

…慶次が、怒っている。

「…その場で死なない方が苦しみを与えられるからじゃないか」
「じゃあ金はなんで持って来た。飢え死にする方が苦しいだろうが!!」

苦しい程に抱き締められる。

「頼むから死ぬとか言わないでくれ」

人は、誰かに必要とされてる限り死んではいけない。
死んで悲しむ人がいる限り、その人が生きる価値も、意味も、理由も、全てが、ある。
人が一人生きているだけで、どれだけの人が救われると思ってるんだ、馬鹿め。

「孫市が死んだら、俺は悲しいからな」

慶次の瞳、金色の呪い。
生きろ。命ある限り、自分を必要とする人がある限り、生き抜け。
信長の、全てを亡くそうとする破壊の呪いとは正反対の創造の呪い。
呪いのくせにきらきらと輝いて、暖かだった。
急に里が恋しい。
あいつらもきっとまだ俺を必要としている、そんな気がした。

「…死なないよ」

そっと振り向くと勢いよく唇を奪われた。
相変わらず荒々しい。
それでも俺には懐かしく、心地好かった。

「んっ…」

舌が入り込んで、俺の歯列をなぞる。
ぞくり、と言う感覚に思わず声をあげれば舌はさらに侵入してきた。

「…んんっ…」

絡み合う舌の感覚がリアル。
しばらくそうした後、銀糸をひいて離れた。
すっかり、身体がほてってしまっている。

「情熱的だねぇ」

にやりと笑って俺を見つめる慶次から、恥ずかしくなって目をそらす。

「孫市、誘ってるのかい?」
「何がだ」

すると、言葉ではなくて手で答えを示される。
慶次の手は、さっきの口付けで動くうちに軽くはだけた上着の中へと入り込んで来た。
手の届く限り俺を撫でまわす。慶次の手は暖かく、そうされることでなんだか落ち着く気がした。

「なんでいつも下に着てた陣羽織脱いで来たんだ?
俺に触られたかった?」
「馬鹿かお前さんは」

忘れたんだ、と適当に誤魔化して慶次に凭れかかる。

「髪型まで変えたんだねぇ…俺とおそろいに」

思わず振り向いて見れば長い金髪を一括りにして、高く結んであった。
俺も、同じ。

「偶然だよ」
「運命って名の偶然かねぇ」

笑いながらそう言う。
俺は慶次の笑うのが好きだ。
心がとても軽くなるから。安心出来るから。

「っ…」

胸の飾りを触られて声があがる。

「…いいか?」

確認の言葉は俺への労り。
ここ数日のせいで体力が損なわれているのを気遣ったのだろう。そんな慶次の気持ちが嬉しい。
多少と言わずかなり疲弊していたが、今は慶次と一緒に居たい。
その気持ちだけが俺をしめていた。

それなら答えは勿論、

「良いぜ」

肯定しかあるまい。

返事を聞くや否や、飾りを弄っていたのと反対の手が服の上から俺自身に触れてきた。

「っ…はぁ…」

久々の感覚に身体が震えあがる。

「…感度良いなぁ」

間の抜けた声なのに、じくり、と身体に響く。

「ぁん…っ…早くっ」

切なそうにそう言えば、慶次は意図を読み取ったのか、座ったまま器用に俺の服を脱がしていく。
しかし下肢を覆う物は全てとったのに上着だけは脱がそうとしない。

「…上…は?」
「さすがに寒いかと思って」

曖昧な季節とは言えど、さすがに夜の冷え込みは寒い。
だけど。

「それになんかこっちの方が…うん」

何が“うん”だ。
大体考えてる事は読める。読みたくなかったが。
溜め息をつけば

「でも結局の話、こっちが良ければ良いんだろ?」

自身を思いっきり抜かれる。

「ふぁああ…っ…ぁんっ」

不安定な慶次の膝の上でのけ反れば、バランスを崩してずり落ちる。

「っ痛」

落ちたはじから腰を掴まれて元の通りに戻された。

「…しかっかり…支えてくれよな」
「分かった分かった…って…痩せたな孫市」

それは腰周りが慶次の片手で抱けちゃうサイズだからですか。
と言うか慶次がデカいだけじゃないんですか。

「悪かったな…細くて」
「いや、そうじゃなくて」

腰のラインをなぞられる。

「ぁっ…あっ」
「綺麗だなって思っただけさ」

俺がお前の細い腰が好きなの知ってるだろ?
腰をなぞった手は自然な成り行きで恥部に伸びる。

「っ…はぁっ…」

そこは固く閉ざされて侵入を拒む。

「…」

困っている慶次の手を掴んで、舐める。分かってる分かってる、俺らしくないけど今は早く慶次が、欲しい。
絶対言ってやらないけどな。

「…孫市、性格変わったか?」
「う…るさい」

顔を真っ赤にして俯く様子に慶次は吹き出した。
変わってねぇな、と一通り笑い終えると慶次は孫市の口から手を抜き、
そのまま孫市に差し入れる。

「ん…ああっ……っ!」
「痛いか?」
「平気だ…からっ…ぁっ」

自然と腰が振れる。

「あっ…慶次っ」

慌てるな、と余った手で孫市の頭を撫でてやる。
指を二本に増やして狭いそこを広げていく。
いやらしい水音が響いた。
こう言う時、人間は普段より五感が研ぎ澄まされるのは困り者だ。

「慶事っ…きて…ぇっ…もっんっ…ぁっ…」

慶次は言われた通りに指を抜き、己のものを孫市に挿れる。

「ああああぁぁっ…っ!!」

先程までとは比にならない刺激を、身体は素直に悦んだ。

「ぁっ…慶次っ…けいじっ…」

名を愛おしむ様に何度も呼ぶ。自然と涙が流れてきた。
なくなよ、と言って涙を拭ってくれたが、後から後からとめどなく涙が溢れてくる。
何故泣いているのか分からないが、とにかく嬉しいと言うことは分かる。
そのとき慶次が見た孫市の瞳は、昔の輝きを取り戻していた。

「ぁぁああっ…慶次っっっ!!!」

孫市は慶次の名を叫んで、果てた。





「よし」

自分を抱き抱えていた慶次を引き剥がし軽やかに立ち上がる。
…いや、実際腰が痛くてとても軽やかとは言いがたかったが、物は言い様だ。
とにかく、まるで何かが落ちたみたいに心は軽くなっていた。

「慶次、山道に出るぞ、雑賀の里に戻りたい」
「…なんで俺まで」

くるりと振り向いてしかめっ面をすれば、慶次は諦めて松風を呼ぶべく口笛を吹いた。

「山道、最近山賊とか出るらしいぜ?」

それが、何の問題になろうか。
俺を誰だと思ってる。

天下無双の雑賀衆の頭領、雑賀孫市だ。
くすり、と笑って慶次に言ってやる。


「今日も良いとこ見せるぜ?」





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

そもそも信長死んだ時点で雑賀の里は、ない。(無双2設定では)
良いじゃん、なんかそれから復興とかしたんだよ(復興する意欲があるならこんな欝にならないとか言わない)
そして。2で孫、痩せてなかったね、太ったね。





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