だ。」
「味方と見て良いのか?」

返事に困る。
そもそも雑賀の里を滅ぼされた孫市が何故戦に出ていたかどうかすら怪しい。
と言うか、まだ俺自身、孫市がここにいる理由がいまいち分からないのだ。

「…俺の事なんだから俺に聞けば良いんじゃないか?
俺は西軍にいたぜ?」
「では何故一人で茂みに隠れていた」
「俺がいたとこで生き残ったのが俺一人だって事だ」

俺だってこの通り負傷してるけどな、と傷を負ったらしい足を指差す。

「この関ケ原、一個隊が壊滅するような負け戦はなかったはずだ。お前、どこにいた」
「あっただろ、一つ」

孫市から告げられた隊の名は、
名だたる武将もいないのに戦いの最初の方で本陣に近付き
本田忠勝や服部半蔵の隊に壊滅させられた、
今回で唯一の負け戦のあった隊の名だった。

「…よくその中を生きて残れたな」
「お褒めに預かって光栄だ」

そう言う三成の顔はまだ孫市を疑っていて、孫市の顔もまだ険しいままだ。
すると突然、孫市が愛銃の銃口を俺の方へ向けた。

「何をする!?」

側にいた兵達が孫市を押さえ付ける前に、銃声。

ドカンッ

「慶次!?」

皆が心配そうに俺を見るが、当然俺に負傷はない。
ただ髪を縛っていた結紐が弾けとんだだけだ。

「ずどん」

孫市が指で銃を撃つ仕草をして、俺と目があう。
そして二人共吹き出した。

「相変わらずみたいだな」
「そっちこそ」

ひとしきり大笑いする俺達を、周りは怪訝そうに見つめて居る。
危ない危ない、このままじゃ危うく俺まで不審者扱いになっちまう。

「三成、今の銃の腕、みただろう?」
「…名手だ」

三成もやっと孫市を認めたらしい。

「だが…そんな名手ならもっと名が広まってても良い気がするが」
「だとよ、孫市。あんたが自分で説明しな?」

すると孫市は怪訝な面持ちを崩さないまま、ぶっきらぼうにこう言った。

「雑賀衆頭領、雑賀孫市」
「雑賀衆…。織田信長に壊滅させられた傭兵の鉄砲集団か?」
「まだ名は知れてるんだな、嬉しいんだか悲しいんだか。そ、俺がその頭ってわけだ。」

でも出来ればその名は呼ばれたくないな、と付け加える。
雑賀衆がなくなった後、孫市にも色々あったんだろう。
ついでに背に描かれた家紋を見せれば三成がやっと頷いた。

「って事で三成、身元ははっきりしただろ?」
「そうだな、では足を怪我しているみたいだから…」
「ちょっと待った」

俺が連れて行く。
三成は俺を一瞥すると「頼む」と言ってまた民兵の方に意識を移した。
三成はもしかしたら俺と孫市の関係に気付いたのかもしれない。
勘が鋭い奴だから。

俺は笑顔を浮かべて孫市の元へと歩み寄る。
孫市も軽くほほ笑んでいた。

「肩かせ、マジであるけねぇ」
「はいはい、お姫様」
「慶次」

怒った口調でも、久々の孫市の声がこそばゆい。

「孫市」
「何だよ」

自然と口から名がこぼれる。
前にこの名を本人の前で呼んだのはいつの事だったろう。

「孫市っ」
「だからなんっ!」

がし、とあらんかぎりの力で孫市を抱き締めれば、
お互い血塗れで血の匂いしかしないはずなのに、孫市の匂いがした。

「慶次、人くるぜ?」
「来てもいい」

よくねぇよ、と良いながらもなすがままに抱かれているあたり、孫市もそこまで嫌がっていないのが良く分かる。
慶次の髪を梳いているのを見るとむしろ楽しんでいるかの様だった。

「…あんた、やつれた様に見えたのは顔だけで…ここ数年で太ってないかい?」

突然の慶次の発言に孫市の顔が朱に染まる。
慶次は抱き締めたついでに体格まで確かめていたのだ。

「太ってねぇよ」
「…そうかい。じゃあ確かめさせてもらおうかねぇ」
「確かめ…って、おい、あッ、やめ…ろよ」

慶次の手が孫市の腹を撫で回す。だがまだあくまで服の上からだ。
だから孫市のあげる声は主に羞恥心からの抵抗。

「…なぁ、俺に謝る事ないのかい?」
「何がだよ」

抱き締めていた体から手を離すと孫市はよろめいて陣の幕を掴んだ。
目が手を貸せと訴えているが…あえて無視。

「あんた、今まで俺が送った連絡手段、全部無視したろ」
「…悪かったな」

当たり障りのない文書や詩歌の誘い、孫市は全てを無視した。
雑賀ごたごたしていたのは知っていたが、それなら尚更連絡をくれれば良かったのに。
「頼るのが嫌だったんだ…と言うか!」
「何?」

今度は満面の笑みで。
さっきの銃声で人を呼んだ行動と言い、今の様子と言い、孫市の足がかなりの怪我を負っているのは分かっている。
そして陣の幕は強い力で引っ張れば取れてしまうわけで…そうなればしっかり掴まれる場所なんて一つしかない。
つまり、

俺だ。

「なんだい、今までほったらかしにしといて急に頼るだなんて」
「ふざけて無いで、手…貸せっ!」

軽く手を差し延べてやれば凄い力で寄り掛かって来る。

「手、貸した分のお礼、頂戴?」
「…何だか予想つくが…い や だ!」
「じゃ、手ぇ放すからな」

するりと孫市の手を振りほどくと、何の支えもなくなった身体を持て余して、
数秒間のためらいの後結局どうしようもなく俺に飛び込んで来た。

「良い…って事かい?」
「全然、良くない。」
「抱き付くのは良くて…なんで“抱く”のは駄目なんだ?」

孫市の顔がまた朱に染まる。
自分は女好きの癖にこう言う話にはまるで子供のような反応をみせるのが堪らなくおかしい。

「わ…笑うなよ」
「あぁ、もう無理だ。あんたがそんな反応するから悪い」
「やめ…」

わざと孫市は立たせたまま、俺の方がしゃがむ。
身体のバランスを崩した孫市が俺の背に手をついた。
よし、思った通り。

「いきなりかよ」
「どうせ溜まってたんだろ?」

屈んだ事で俺の目の前にきたそれ…孫市自身を服の上から撫でれば、孫市がびくりと跳ねた。

「早くしろ、早く。足痛いんだからな俺は」
「まぁ服の上から触られただけで達したら格好悪いもんねぇ」
「違っ…っぁ」
「どこが違うんだい?」

服から開放されたそれはすでに充分に濡れていて、慶次は思わず笑ってしまった。

「お望み通り早くすすめようか」
「んっ…はぁっ…っ!」

俺が孫市を舐めとる度に背に当てられた手の力が強くなって

「ふぁ…ぁっ、…あッ」

孫市の嬌声も震えて色めき立つ。

「あんたの良い顔が見れないのは残念だねぇ」
「…っざけん…なっ、」

まぁその代わりに段々荒くなっていく息遣いなどははっきり聞こえるので、これはこれで良いと思うが。
それにしても。
久しぶりに会ったわけだし、孫市は俺を何年もおざなりにしてきたのだからもっと孫市をからかいたい。
一際大きな声をあげて俺にしがみつく孫市を見て、少し悪戯を思い付いた。

「孫市、何が見える?」
「…はぁっ…、な…に?」
「景色とか、そんなのの事さ」

無視されるかと思ったが、案外素直に聞き入れて辺りを見舞わしているようだ。

「別に、…なにも…」
「そうかい。俺はねぇ、孫市、朱色の陣が見えるぜ。」
「あ…っ!」

言わんとしている事を理解したのか、孫市が身体を硬直させた。

「声、全部筒抜けだったかもなぁ」
「るせ…やめっ…あっ、や…めっ…!」

わざと孫市の自身を攻める勢いを増してみる。

「あんたの声を聞いて不審に思ったやつが来るかも知れないねぇ」
「だからっ…、らめぇ…ほんと…っあ!あッ、」
「あ。また孫市の紀州訛りが出た」

「だ」と言う発音が「ら」に聞こえるのは紀州訛りの一つ。
普段粋がって格好をつけている孫市みたいな人間が、
焦ったり気が動転したりした時だけにふと見せるそんな様子はとても愛らしい。
少なくとも俺には。

やばいねぇ、またからかいたくなってきた。

「…ちょいと孫市。そのまま“織田信長”って言ってみてくれないかい?」
「…んで、あいつのッ、ぁっ…名前…なん…か今更…」
「良いから。言わないとこの陣薙ぎ倒して孫市の醜態皆に見せるぜ?」

孫市の身体が震え上がる。

「堪忍して、…言うからぁ…っ、お…ぁッ、ちょ、手ぇ…止めてっ…」

堪忍して、も普段言わないなぁなどと思いながらも言われた通りに手を止める。
孫市は二三回呼吸を整えると、小さな声でしかも早口で名を口にした。

「お…織田信長っ、も、良いだろ?」

紀州訛りは恥ずかしいんだよ、と俺の髪をくしゃくしゃにする。

「てか、慶次…早く…」

くすり、と笑みがこぼれる。
先程から緩急をつけて、孫市が達しそうになるのをことごとく止めていたのだ。
しかし孫市から言ってくるとは思わなかった。

「なんだい、信長の名前聞いて興奮したのか?あんたも物好きだねぇ」
「馬鹿、違っ!」
「孫市、声」

柄にもなく声を張り上げた所を見るとやはり相当じらしが利いたと見える。

「…っ、けぃ…じ…早く、ぅっ、も、ぁっ…あッ…ああっ!っ…イかせ…てぇ…」
「承知」

孫市自身を銜えて性急に攻める。丁度良い所に噛み付いて刺激を与えれば

「ふぁッ、…ぁぁぁああっ!」

俺の口に白濁を吐き出して、力の抜けきった脚を投げ出しながら俺の上に降ってきた。
孫市の重さを受け止めて俺も地面に座り込んだ。

「あー。」
「どうした?」
「足、痛ぇ…」

良かったから?と聞けば馬鹿と罵られたけれど、代わりにぎゅう、と抱き付かれた。
片手で孫市を抱き寄せ、余った方で頭を撫でてやる。

「孫い…


『慶次、まだか!!!』


兼続の叫び声。
俺を呼んでいる。

「いけよ、俺は一人で行けるから」

すぐそこなんだろ?と治療場を指差す。
側に置いてあった愛銃を支えにしてたどたどしく歩く姿はいたたまれないので松風を呼んで運ばせることにした。

「悪いな」
「いや、別に。それは松風に言えよ」
「いや、中途半端な所で止めて…って話」
「っ、黙れ!早くいけ!」

また朱に染めた顔をそっぽに向けて手で押し出される。

「すぐ来るからな」
「来なくていい!」

高らかに笑いながら走り去る慶次を見る孫市の顔には微笑が浮かべられていた。
相も変わらぬ慶次の姿に多大な安堵を感じ、本当にすぐ帰って来るであろうその姿を想像しながら。


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孫市だって西軍にいたって良いじゃん。なんか、関ヶ原とは無関係みたいな感じになってるけど、出てたって良いじゃん!!
っていう気持ちから書きました。すいません。ヤらせたかっただけです。




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