「ま、迷った・・・?」
「そう見たいだねぇ」

楽しそうに微笑む慶次はアテにならない。
と、言っても地図を持っていながら迷った俺も似たようなものだけれど。


事の起こりはそう、何でもない、いつもの慶次の気まぐれからだった。
それが意図してのことなのか、天然的に発生する思考なのかは知らないが、慶次は時々突拍子もないことを言い出す。
だから今日、”あっちのほうに行きたい”という進行方向とはまるで逆の方を指差され、
提案的な口調とは裏腹に俺が反論をする暇もないくらいのスピードで歩きはじめてしまったときも
”地図も持ってるし、きっとどうにかなるだろう”という安直な気持ちで歩を進めてしまったのだ。


「おい、だってこれお前・・・」

蛇腹折りになっていた地図を広げる。
見る限り山の印ばかりで少し欝になりそうだ。

「どう考えても今日中には村につけそうにないぜ?」

すでに日も暮れかかってることだし、道を間違えたならそれを戻らなければならない。

「そうかい?」
「そうだよ」

はぁ、と盛大にため息をついてその場に座り込む。
俺が慶次と出会ってこれで何回目のため息になるのだか、数える気にもなれない。
地図を俺に預けっぱなしだから事の重大さに気づかないのだろう。
とりあえず今日はここで野宿するとして、明日にしっかり村へつけるかどうか、それすら不安だ。
何であのときにしっかり反対しとかなかったかな俺は。

「なんだ、今日はもうここで休むのかい?迷ったとか言っときながら。」
「迷ったから、だよ。夜下手に走り回ってどうにかなる距離じゃねぇ。文句あるか」
「いや、孫市に任せてみる」

俺の横に腰をすえて、手ごろな木に寄りかかる。
途端、心地よい風が吹きぬけた。
木々の葉に音をさせながら、涼しさを運んでくる。
そう言えば歩き詰めで汗だくだったな、とこの季節の暑さを軽く呪う。
”早く冬になんないかな”
暑くなればその暑さを呪って、寒さを望む。
寒くなればその寒さを呪って、暑さを望む。
人間とはかくも勝手なものだな、とは思うが、こればかりは仕方ないんじゃないだろうか。
でも、だからこそこんな暑い日に吹く風は一層心地よく感じる。
そんなことを思いながら横にいる慶次を見ると、うっとうしそうに髪を撫で付けていた。

”髪、長いからなぁ”

俺たちの向かって後ろから吹きぬけた風は、髪をさらう。
そんなことは髷を結うくらい長い髪の俺だって知ってる。
だが、髷を結っていることで日ごろはまったく気にならなかったのだが・・・、そうか、慶次は普段から
その長い髪を伸ばしたままにしている。
風はさぞかし鬱陶しいものになるだろう。

”っていうか、髪、あの色ってやっぱおかしいよなぁ・・”

前々から気になっていたこと。
堺の町などで見る外人はたまにおかしな色の髪をしたやつも見る。
でも、この国の人間で黒や老いて白くなった以外の髪の色を俺は見たことがない。
が、慶次の髪は獅子の色だ。
黄昏よりも薄く、日の光よりもまぶしい。

「孫市?」
「ん・・・?あ、何だ?」
「何だはこっちの台詞なんだけどねぇ・・・何じろじろ見てるんだい?惚れた?」
「るせぇ、お前の髪見てただけだ」

だから顔真っ赤、とか言ってけらけら笑うのよしやがれ。

「髪?孫市は長いの嫌いかい?切ろうか」

横においてあった二股矛をおもむろに掲げて、己の髪にあてる。

「うわぁ、待て、待てやめろ」
「切らないよ」

あっけなく矛を横に置きなおして微笑む。
孫市は俺の髪、好きだもんなぁと言いながら。
あえて反論はしないけれど、わざわざ試すようなことはしないでほしい。

「で、俺の髪がどうかした?」
「んー・・・、ちょっと失礼なことかもしんないけど」

何?と先を促す。

「お前の髪って、やっぱ・・・子供の頃に何かあったのか?」
「・・・え?」

俺が子供の頃、若いのに髪が真っ白な女が里にいた。
どうしたのかと問えば、昔とてもショックなことがあって、それで一瞬にして真っ白になってしまったこと、
心に何か強い衝撃があるとすぐ色が変わってしまう事を教えてくれた。
だから慶次も似たようなことが理由なのかと思ったのだ、と慶次に説明すれば

爆笑された。

「ちょ、あ、悪いねぇ、でも」

何も涙が出るまで笑わなくても。

「今度団子おごってやるからもうちょっと笑わせてくれ」

だから何がおかしいんだよ。
こういう反応って聞いたこっちが物凄く困るって事、知らないわけではないだろうに。
・・・団子は嬉しいけど。
しばらく笑った後、涙を拭きつつまぁそんなに照れるな、と言ってぽん、と頭に手を置いてきた。照れてねぇよ。

「この髪はねぇ、ただ染めてるだけだよ」
「・・・染める?」

やっぱり知らなかったみたいだねぇ、と言ってごそりと手拭いを取り出した。

「これに何で色をつけてるかは知ってるかい?」
「そりゃ・・、まぁいろんな植物だろ」

具体的に何っていえないあたり知識は乏しいことがばればれだけど。

「布を髪に変えると、こうなる」

自分の長い獅子の髪を人房俺の眼前に持ってきてそう言う。
髪が頬に当たってこそばゆい。

「へぇ・・・」

初耳だ、面白い事を試す人間もいるものだ。
そう素直に感心してもう一度慶次の髪をしかと見つめる。
ああ、そうか、そう言えば慶次の髪も根元は普通の黒じゃないか。

「こっから先を言うと孫市に怒られるかもしれないけど、あえて言ってみる」
「何だよ」

「これ、常識。普通なら5つの童でも知ってるよ」

かぁ、と頬が照るのが分かる。
赤面症か俺は。
少しでも恥ずかしいことがあるとどうしようもなく顔が赤くなってしまうことは
いろんな人から指摘されて知っている。
指摘と言うか、からかわれて知っていると言ったほうが正しいか。
その筆頭が慶次だ。
だから俺も慶次の前では抑えようと思っていたのに。

「う、うるせぇ、悪かったな田舎育ちで!」
「別に攻めてるつもりはないんだけどねぇ」
「せめてはなくてもからかってはいるだろうが!」
「うん」

うんじゃねぇよ、と言えば、また赤くなったとからかわれ。
更にはぐい、と腕をつかんで抱き寄せられた。

「・・にすんだよ、おい、慶次!」
「あぁー、本当孫市は可愛い」

ふるふると頭を振るごとに髪が俺の首元にかかる。
これは染めた髪なんだな。

「変態!」
「変態で結構」
「お前さんはもう・・ああいえばこういう!」
「そんな雑賀の頭領にもう一つ知識をあげようかねぇ」

軽々と俺を持ち上げて胡坐をかいた慶次の膝に乗せられた。
またこいつは人の事をガキ扱いしやがって。
がしかし体格差は歴然としていて、抗えど抗えど到底抱かれた腕から抜け出すことは出来ない。
仕方なく暴れるのをあきらめると、満足したのか近くにあった枝をもって地面に円を描いた。

「こっちから太陽がさしてくるとするだろう?」

がり、とその円に向かって矢印を書く。

「そこを十二時として・・・まぁ今を仮に七時をするか。で、その短針と太陽の方向のちょうど中心が北。」
「・・・・それが?」
「あんた今日一日、北が分からなくて地図をくるくる回しながら歩いてただろ?
あれじゃいつまでたってもつきやしないさ。」
「・・・分かってたんなら教えろよ!」
「黙ってろって言ったのは誰だったっけねぇ?」
「・・・・っ、あーもう!」

そうですよ、俺ですよ、でもさ、分かってるなら言ってくれても良い気がする。
慶次の場合、俺をからかうがためだけに言わないのが分かってるからなおさら腹が立つ。

「そういえば」
「まだ何かあるのか!」

そうかりかりしなさんな、とまた頭に手をぽんと置かれた。
なんだってそうお前さんはいつも穏やかで大らかなんだ・・・ってこれじゃほめ言葉じゃないか、
暢気、そう、なんでいつも暢気なんだ。

「地図の方を回して見るのが女、自分自身の首を回して見るのが男だって知ってたかい?」
「・・・〜〜っ!知るか!もう俺は寝る!」

寝転がるときに木の根に頭をぶつけてがつん、と音がしたことに慶次はまた笑っていたけれど、
それはもう俺の怒りを倍増させるだけ。



翌日、慶次が言ったとおりに北を調べて進んだところ、迷ったのが嘘のようにあっさりと村へついてしまった。
得意顔で微笑む慶次が気に食わないので殴ってやろうとしたけどそれは軽く止められて、抱きすくめられた。
もうそろそろ慶次にまともに反応するのはやめようかなと頭の片隅で思いはじめる俺に、
慶次はまた良くわからないことを言ってくるだろう。
嫌だ嫌だと思いつつその提案に流されて乗ってしまうであろう自分を想像しながら
ため息とともに何故か微笑みがもれた。





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何か慶次は何故気が狂ったように笑い続けている。
って言うかこの時代に髪を染めるって事自体があったのか謎ですね。
そしてさらに、この時代に時計はありますか、いえ、ないです。牛の刻とか言ってた時代だぞ!





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