「猫がいがみ合ってるみたいだな…こう、威嚇して尻尾立てるやつ」 「そうかい?俺は犬に見えるがね」 「あぁ?犬?」 「「畜生と一緒にするなッ!」」 「ほら」 「わんわん、ってか……はぁ」 俺のついた溜息は側にいた慶次にだけ聞こえたらしく、立髪のような黄金色の髪を揺らせて笑っていた。 空は快晴、季節は秋。吹く風は清々しくて更に今は過ごし易い夕方だ。茶屋で休んでいるあたりは、とても贅沢なんだろう。 だろうが、それはしばしの休みだからだ。 「一体いつになったら終わるんだよ政宗……」 [北国は今日も平和につき] 始まりはほぼ八刻前、残暑も過ぎて過ごしやすくなったとはいえ、まだ昼間は暑い。 太陽は高く、足元の影がとても小さかった。 「……次に休める所を見つけたら休むぞ」 「木陰見つけて休んでも良いんだぜ?」 「煩いわ」 「はいはい、分かった分かった」 小さく手を挙げて降参のポーズを取る。 政宗の吊り上がった片目が俺から進行方向へと戻った。 (素直に言やあいいってのに) 要するに、茶が飲みたいのか茶菓子が食いたいのかどちらかなんだろう。 君主自ら無謀に視察など行くからこう言う羽目になるのだ。 城を出て数刻で眼帯が熱いと喚き出した。触ってみれば確かに火傷しそうだったので有り合わせの布で目を覆ってやった。 今度はそれが汗で気持ち悪いと言ってきたから、銃を留めていた革紐を破いて代わりにしてやった。 はっきりいってもう眼帯要らないんじゃないか、とは流石に言わなかったけど。 それが今度は休もう、だ。 (何時になったらつくのやら) そうこうしているうちに、視界に一軒の茶屋が見えて来た。 あからさまに顔色を好転させた政宗は、歩幅を倍にさせながら店に入っていった。 「な、貴様が何故ここにおる!?」 景勝の使者として上杉を出て数日、放浪の気ままな旅を経験してきた俺にとっては暢気なものだったが、 慣れていない兼続には意外に堪えたようだった。 普段から疲れていても倒れるまで元気と謀る兼続には珍しく、日に日に進む距離が減ってきていた。 (おかしな事もあるもんだねぇ) 「大丈夫かい?」 「私は平気だ、それより慶次は平気なのか?」 「俺は、元気だけどねぇ」 もしやと思って額に手をやれば、案の定の感覚がした。抜けるような白い肌が紅潮している時点で気付くべきだったのか。 しかし兼続は気分が高揚すればすぐそんな色になるので見分けがつきづらい。 「何だ慶次、手が冷たいぞ?病気か」 「いや、……そうだ。だから悪いけど次の茶屋で休ませてくれるかい?」 手っ取り早く兼続を休ませる方法を思いついて、言葉を正した。 自分に無頓着なくせに、他人の事となると果てしなくお節介になる。兼続の性格は面白い。 「それなら、かまわん」 すまないね、と笑えば友だとか義だとか、いつも通りの返事が返ってきた。 俺の気遣いに気付く様子はないようだ。 すぐに街道沿いの茶屋が見つかったのでそこで休んだ。時折吹く涼しい風で、兼続の体調が戻りかけたその時だった。 「な、何故貴様がここにおる!?」 「それは私の台詞だ!貴様こそ何故こんな場所に!」 「わしが居て悪いか!」 「国主が一人国を離れて、悪くないわけないだろう!何を考えている!」 「貴様ぬけぬけと正論をぬかしおって……!」 「正論なら良いんじゃねぇか?」 気の高ぶった政宗の頭を小突きながら席につく。入口にいたお姉さんは、口説いたけど旦那がいた。 つくづくついてない、俺。いや、茶屋をやってる時点で気付くべきだったか。 更についてない事に(声ですぐ分かったが)政宗の天敵ときた。しかも嫌なおまけ付き。 「やぁ孫市」 「……おぅ」 いがみあいを始める主二人をよそに、にこにこと俺に顔を向けたのは慶次。 小さな挨拶を交わす間に、二人の声はどんどんと大きくなっていった。 「義、不義と不毛な分け方をしおって!貴様に振り回される周りが哀れよの!」 「政宗、まだ義がわからないのか!?私があれ程…」 「煩いわッ!あれは貴様が一方的に喚き立てて去っただけであろう!わしは聞いてなどおらんかったわ!」 「何!なら今、私が教えて…」 「煩い煩いッ!話が通じぬ愚か者め、わしはいらぬと言っておるのじゃ!わかったら黙って早々に去るが良いッ!」 兼続と政宗は余りの煩さに店を追い出されたが、構わず論争を続けていた。 どうやら熱は自然と引いたみたいだ。 (引いてるのか気にしてないのかは、わからないけどねぇ) 政宗にくっついて来た孫市は、完全に諦めた顔をして口に団子の串をくわえていた。 視線は二人を見ているようで、実際には明後日の方向を見ているのが分かる。 「よく、話尽きねぇよな……」 「あれは頭を介して言葉を出してるんじゃないのさ」 「違いねぇ。……政宗さ、あいつずうっと暑いって文句垂れながら歩いてたんだぜ? なのに今あんだけ騒いでる。何なんだかなぁ」 「俺の方も似たようなもんさ」 あついな、とぼやいて孫市は俺を見る。 おまえは?と聞かれてるようで、俺は笑って答えとした。 (そりゃ暑いさ) 多分孫市にはそう伝わっただろう。 元来会話とは曖昧さを含めながら楽しむものだ。 それが何故かなど考えた事もないが、今思うに疲れるからという理由も含まれているんじゃないだろうか。 会話など続ける気も失せるような西日が差し込む中、ひたすら噛み合わない会話を続ける。 そんな二人を見るのは、微笑ましい。 孫市にまた話しかけようと口を開きかけた瞬間、こつん、と俺の肩に何かがあたった。 「……寝たのかい?」 「そゆ事にしてくれ」 終わるまで話かけないでくれ。 政宗の保護者も中々疲れるのだろうなぁとぼんやり思いながら、俺もそういう事に、することにした。 「だから、何度も言うがわしは貴様の話を聞く気はない!」 「頑なになるな、政宗!」 話が通じないというのは、かくも欝陶しいものか。頭脳は、ある。器量も、気品もある程度はあると認めてやってもいい。 だが絶望的に一方通行な人間だ。 それに付き合って会話を続ける自分も中々に酔狂である事は重々承知しているが、 相手が話すのをやめてくれないのだから他にどうしようもない。 更に言えば、自分の物言いが兼続の神経を逆撫でしているのだろうが、 今更条件反射のように出て来る言葉を止めよう術を知らない。 頼みの孫市もどうやら慶次と共に寝てしまったようだ。 「……何だ政宗目を逸らして!会話をするときは人の目を見てするのが礼儀だぞ」 「たわけ、貴様の話など端から聞いておらんわ。見てみろ、孫市達が寝てしまったわ」 「……」 「兼続…?」 返事が、ない。 急に出来た沈黙に訝しんで振り返って見れば、真っ赤な顔をした兼続がこちらに倒れかかって来る瞬間だった。 「兼続!?」 兼続の体を受け止めると、じわ、と熱が伝わってきた。 よく見れば顔が赤い。更に言えば、息遣いもおかしい。 (わかりにくい奴め…!) 「貴様熱が出ておる!気付かなんだか!?」 「……私がね…つ…だと?」 「ええい、今の今まで平気なそぶりをみせて置いて急にしおらしくなるな!」 支えやすいように兼続の脇下に腕を入れて抱き抱えるも、背丈の差による体重の差のせいで腕が痺れてきた。 だがこのまま街道のど真ん中に放置するのも、流石に敵とはいえ可哀相だ。 かといって抱えて連れて行く力もない。 かくなる上は、 「慶次!いい加減起きろ!」 声を張り上げれば、慶次が片目を開いてこちらを見遣った。 「貴様の主が倒れおったわ」 「やっぱり?」 「やっぱりだと?」 お世辞にも小柄とは言えない兼続の体を、いとも軽々と慶次は抱えて姫抱きにした。 「今朝あたりから慣れない山歩きが重なって体調悪かったんだよ。ま、本人は気付いちゃいなかったろうがね」 茶屋で休んでいたのもそのためだった、と聞かせられれば、何だか少し申し訳ない気分になったが、瞬間に撤回した。 (わしも休みに来た筈だった) それを今更ながらに思い出したからだ。 「お、兼続結局倒れたのか」 「孫市も知っておったのか」 慶次の後ろからひょい、とでてきた孫市が、兼続の様子を見てくすりと笑う。 「あぁ、さっき慶次から聞いた。にしてもよくこんなんなるまで喋ってられるよ ジャカ 鈍い金属音を、わざとらしく孫市の腰の当たりでたてた。 勿論それは短銃。遠くから撃てば孫市なら交わせようが、今は究極の至近距離。 「……あの、政宗?何かもの凄く不穏な音が聞こえたんだけど」 「気のせいでないから安心しろ。わしが休む筈だった時間、貴様だけがのうのうと狸寝入りをしていた罰だ。 後、わしが兼続に散々喚かれてたまった苛立ちの気晴らしだ」 「狸寝入りばれてるし。ってかそれ慶次も同罪じゃねぇか!?大体気晴らしで家臣を殺すな!」 孫市の脅える顔が心地よい。会話とはこうあるべきなのだ。 「慶次は兼続の家臣故、わしは知らん。じゃが、貴様はわしの家臣じゃ。わしがどう使おうと文句あるまい! どうせ一回死んだ命じゃろうが!」 「余りに自分勝手な都合すぎやしないかそれ!」 じりじりと後退る孫市を、茶屋脇の壁際に追い詰めてゆく。 顔には引き攣った笑みが浮かべられていた。 わしの顔は勿論極上の笑顔。 後ろでは慶次が笑っていた。 兼続は慶次の腕の中で眠っている。 太陽は既に西の地平線に沿って、今にも沈みそうだ。 そんな紅い光が今の自分達を照らして、伸びた影までもが笑っているようだった。 ※※※※※※※※※※※※※ って言うか多分兼続山歩き苦手じゃないと思う。 そしてまさか政宗が単体で動き回る事もないと思う。 でもいいの、そのへんはファンタジーだから。妄想だから! ……慶次と孫市が夫婦みたいになってますね。 ―戻る―