「ごめん!アスアドさんしか頼める人、いないんだ」 「……な、何の事でしょうか?」 事の始まりは、リウからの急な依頼だった。 ラロヘンガへ行った団長一行が帰ってくるまでの間、城に残ったメンバーには公にはやることがない。 だから、協会との戦いも佳境と言って差し支えない所まで来ているので、各々交易に出たり、腕を磨くために方々へ散っていた。 「それがですね……」 チオルイ山に行っていたメンバーが、帰ってくるなり『見た事のない化け物に会った』と言い、 更には『魔道なら効いたが、叩いても切ってもちっとも効きはしない』と言ってきたらしい。 倒す前に星の印の限界が来てしまったので逃げ帰って来たが、 テハの村や反対側のマルシナ平原に逃げる前にアスアドに倒してきて欲しい、とそういう事だった。 「何やら聞いた事のある特徴ですが」 「うん、オレもそう思ったんだけど、聞く分にはアレとはちょっと違うカンジなんだよなー」 「違うとは?」 「大きさとか、形とか。物凄い飛躍した考えだけど、あの砂の僕がラロヘンガの出現に巻き込まれて変化しちゃったのかも」 「……そう、ですか」 尚更自分の手には負えない、とアスアドは言おうとしたが、確かに今この城に居る中で強力な魔道を使えるのは自分だろうし、 敵が敵なだけに何もせずにただ待っている訳にもいかなそうだ、と思い直した。 しかし、チオルイ山、か。 「オレが行けたら良いんだけど、今スクライブの方にもラロヘンガの敵っぽいのが来てて……」 「良いですよ、俺が行って来ます」 ※※※※※※※※※※※※ 「うわっ」 ズボ、と靴が雪にはまり、たちまち太股辺りまで雪に埋まる。所々、そういう場所があるようだ。 「大丈夫か」 「問題ない、進んでくれ」 足を引き抜こうとするが、中々上手くいかない。量のある雪とは、かくも煩わしいものなのか、と、 初めて雪を見た時の感動が徐々に薄れて行くのを感じた。 そもそも生粋のジャナム育ちのアスアドは、雪を実際に見たのがついこの間と言う位雪道に慣れていない。 「そういう時は、むやみに足を上げるな。一旦足を伸ばして」 ぐい、と体が雪から引き上げられる。 ほら、と相変わらず淡々とした顔でメルヴィスは言うと、何事もなかったようにまた歩き出した。 「……ありがとう、メルヴィス」 「どういたしまして」 その無表情な口ぶりに、少し嫌気がさした。 (何でメルヴィスなんかと……) リウに頼まれた後、流石に自分一人で行くのは無理だと判断したアスアドは、雪に慣れた者を城の中で探した。 テハの村の二人とアストラシアの兄弟は仲良くクエストへ、クロデキルドとフレデグンドはラロヘンガへ、 ロベルトはロア族とクラグバークへ。北辰の三人には良い返事を貰えず、結局承諾してくれたのがメルヴィス一人だったのだ。 メルヴィスの言葉は、いつも冷たい。それが万人に対してではなく、何故かアスアド限定のような気がしている。 最初は、クロデキルド様の側に俺が近寄るのを嫌がっているのか、と思っていたのだが、 それにしては一人でいる時にも視線が刺さる。 結局今まで、それに対して言及する機会も気も、有りはしなかったが。 「ふぶいてきたな」 「……一度テハの村まで戻るか?」 声に出すと共に、中途半端に踵を返して一歩進む。それが、いけなかった。 「いや、それにしては距離があり過ぎる。どこか雪が来ない場所を探すしかなさ……ッ、アスアドッ!!」 不意に体が雪に取られ、次の瞬間、雪独特の低い音と共にアスアドは空中に投げだされていた。足元の雪が、崩れたのだ。 「手を!」 メルヴィスに向かって伸ばした手は、虚しく空を切って、視界から急速に外れていった。 ※※※※※※※※※※※※※ 「ッ、うぅ、」 痛い。目が覚めた途端、初めて味わう痛みがアスアドを襲った。体を打った痛みではなく、冷たさによって起こる痛み。 体は震えるが、自分の意思で動かそうとしても、反応が酷く鈍い。 どうして良いか分からず、首を動かして辺りを見るが、暗くて何も分からない。 (とにかく、光を) 落下してなお掴んだままだったロッドに、炎をやどす。 燃やせる物が見当たらないが、どうやらここは洞窟のようになっていて雪が舞い込む事はないと分かった。 どうにか騙し騙し時間を潰して吹雪が止むのを待つ事が出来そうだと判断して、漸くほっと息をついた。 そうしてしばらく後、単調な雪の音に、別の音が混じった。 それは最初、耳鳴りと判断したのだが、朧げな幻覚が形になるように段々と声となってアスアドに届いた。 「……スアド、アスアド!」 「メルヴィス!?」 「居るのか……何処だ!?」 洞窟の入口、吹雪の中に見えた青と黒の布が風とは違う方向に翻える。アストラシア特有の装束に酷く安心する自分が居た。 「足元の、……穴の中に居る」 メルヴィスは足元の雪を、鞘ごと刀で叩いた。案の定雪は崩れ、偶然に出来た穴の中に横たわるアスアドを見つけた。 思わず胸を撫で下ろすと、アスアドがくすりと笑って心配してくれたのか、と茶化した。 安堵からかメルヴィスも自然と声色が柔らかくなる。 「怪我はないか?」 「おそらく。……ただ全身が痛くてしかたないんだが、これは雪国特有の病か?」 横たわるアスアドにもう一度目をやる。 礼儀正しいアスアドが、助けに来たメルヴィスに頭一つ下げない。 (まさか……) 「な、メルヴィス、何を……痛ッ!」 雪山用の上着から出た掌が、酷く冷たい。体に密着させようと上着をめくると、アスアドは驚く程薄着をしていた。 普段の服では流石にないが、それにしてもアストラシアなら暖かい季節しか着ないような生地で、僅かに重ね着をしているだけ。 到底雪山に入る格好ではない。 慌ててメルヴィスは自分の着ていた上着をアスアドにかけるが、温まるには到底足りない事は分かっていた。 「この服で雪山に入るのは自殺行為だ」 「俺が持っている服で、一番暖かいのが、……」 「アスアド?」 「メルヴィス……、すまないが少し、寝て構わないか。疲れて――」 「駄目だ!」 普段は聞かないような怒声に、アスアドは閉じかけていた瞳を見開いた。 何故、と問う間もなく自由の効かない体を持ち上げられ、洞窟の壁を背に抱きつかれる。 「何を…?」 「今寝たら、死ぬ」 痛い位に抱きしめられ、じわりと体温が伝わる。温かいと言うより、熱い。火傷しそうな熱さ。 自分の体温がどれだけ下がっていたのか、それがいかに危ない状態だったのか、やっと気付いた。 メルヴィスは、ありがとうと言って肩に頭を乗せてくるアスアドに安心しながらも気まずさを感じていた。 (ばれてしまったか――?) 例えばこれが姫様やロベルトなら、同じ事(それでも抱きつきはしないが)をしただろうが、声を荒げたりはしない。 心配の種類が違うからだ。 仕事の仮面を削いだ奥にある一個人としての感情。それを恋と呼ぶには余りにも不毛な事位、メルヴィスは気付いている。 思いを告げたとして誰一人幸せにならない気持ちだから、静かに消して行こうと思っていた。 しかし、よりにもよって二人きりという状況、更に珍しく弱りきった表情。 不謹慎とは言え、腰で履くジャナムの服装から覗く、褐色の肌。 消そうとした気持ちが一気に戻ってきてしまった。 それは鼓動の早さ、そして顔の赤さに現れ、きっと―――。 「メルヴィス」 きっとアスアドに、気付かれてしまう。 「何だ」 「……いや、いい。すまない」 アスアドは一瞬肩に置いた頭をあげかけたが、すぐに元に戻した。メルヴィスの声色が違った。 普段の感情の篭らない声ではなかったから、条件反射のようにそうしてしまった。 アスアドは鈍感なのだ、とよく人に言われる。 言われる位なのだから実際そうなのだろうし、そもそも余り色恋を経験していないので困った事はなかった。 しかし、アスアドは今、酷く困っていた。 いつもの癖で言及するのを止めたが、普段には考えられないメルヴィスの声色、 ちらりと見えた白い肌は赤くなっていたような気がする。 つまりそれは (メルヴィスが、俺を?) 有り得る事か否かを判断する前に、絡んだ糸が解けるかの如く納得してしまった。 刺さるような視線の意味。 そしてその瞬間、何故かアスアドは安堵の息を漏らした。 それはあまりにも自然の成り行きのようで、アスアド本人にその息の奥に秘められた感情を自覚する事は出来なかった。 互いに口火を切れず、暖かい体温を介して不自然な均衡がしばらく続いた。 次に声をあげたのは、アスアドだった。 「メルヴィス、どうやら吹雪はやんだみたいだ」 入口に朝日が差し込んで、舞う雪も少ない。 「立てるか?」 掠れた声をあげるメルヴィスに薄く笑いかけて、アスアドは立ち上がる。まだ多少の痛みはあるが、我慢出来る範囲だ。 「さぁ、はやく敵を倒して城に帰ろう」 「そうだな」 目を合わせて会話をした時、二人は普段の関係に戻っていた。 勿論それが見せかけである事は互いに分かっていたが、はやく帰ろう、 と言ったアスアドの言葉にメルヴィスは心の中で眉をひそめながらも、そうだな、と答えてしまった。 (これで、良いんだ) 結局、ラロヘンガの敵らしきものはアスアドの魔道の連続になすすべもなく消え、帰りは吹雪にもあわずすんなり城に帰る事が出来た。 そして、クエストの報告を受けたモアナでさえ、二人の僅かな異変に気付く事はなかった。 ※※※※※※※※※※※※※ 何だコレ。 私はアスアドって顔赤くなっても分からないよね、って話を書きたかっただけなのに。 全然違う方向(ただの甘い方向)へ爆走しやがった……! そして設定資料集によって知らされた絶望的破綻『ファラモンに雪は降らない』 同じ地域だから降ると信じてたのに……orz良いさ、メルヴィスの出身地では降るの! ファラモンで降らないだけでアストラシアの一部では降るの! ―戻る―