俺が2万石…か。

別に緑に不満があったわけではない、主人の不義が許せなかっただけだ。
それなのに結果的に2万石を得る事になった…何だか変な気分になる。

三成さん…殿は、俺に向かって同志が欲しいと言った。
今まで仕えたどの主人もそんな事は言ってくれなかったからか、その心意気に惚れた。
真っ直ぐに生きるその人間性に惚れた。
近くにいたいと素直にそう思った。

“綺麗な月夜ですね…”

月を見るために窓を開ける。
空を覆い尽くすは漆黒の壮大なこの世界。
紅く、そう、いっそ金や黄よりも紅に近い満月は日の元の国。

殿は、咲き乱れる桜だ。

真っ直ぐで、そして美しい。
春なのに桜の周りだけは凛と空気が張り詰めて惰性を許さない…が、それは人を縛り付けずに人を酔わせる。
月さえも桜に魅了されて色を紅くしたみたいに。

「っつ…」

一陣の風が俺を吹き抜けた。
桜の花が風にのってふわりと流れて肩に落ちるので頭を動かす。
ふさり、と肩から髪が落ちた。

“髪…伸びましたね”

伸ばしっ放しにしていたため、肩甲骨の下くらいまで伸びてしまっている。
肩より下になった頃から前に垂れてこないように軽く結んでおいたから気にもしていなかったが、相当な長さがになっているみたいだ。

“切るか”

思い立ったらすぐに行動に移す。
生憎うまいこと鋏がなかったので懐刀を髪にあてる。

“どの辺りまで切る?”

髷を結うのも面倒だ。
いっその事、短くしてしまおうか。
そう思って首筋の髪を掴んだ、刹那。

「何をしている!」
「…え、殿?」

何処から来たのか…と言うよりいつの間に来たのか。
とうに丑の刻はまわっていると言うのに。

「左近、今すぐやめろ」
「え…?」

自らの今の状況を確認。
首筋に懐刀をあてている…あぁ、そうか。

「殿は勘違いなさってます」

別に死ぬ気じゃない。
それに懐刀なら切腹だろう、首切りはおかしい。

「俺は髪を切ろうとしただ…
「それをやめろと言っている」

俺から懐刀を奪い取ると、鞘に納めてしまった。

「やっぱり鋏でないと変になりますかね」
「そう言う意味じゃない」

訝しげに首を傾げる俺に殿は溜め息をつく。
何が言いたいのかさっぱりわからない。

「…お前の髪が好きなんだ」
「え…?」

さらりと髪を梳かれる。
くすぐったくて、でも何故だかぞくりとした。

「綺麗だな」
「殿の髪も綺麗な色をしてるじゃないですか」

俺はあまり好いてない、と言ってまた俺の髪を梳く。

「俺からの命令だ。左近、髪を切るな」
「…理由は殿が好きだからですか?」

そう言って笑う。遊女ならともかく男の俺にそんな事を言うなんて、
殿もおかしな人だ。

「そうだ、悪いか。…好きなんだ」
「いえ、構いませんけど」

俺の反応に殿が含みのある笑みを浮かべる。

「鈍いな、左近」
「何が…ですか?」

そしてまた含みのある、今度は更に艶っぽい笑みを浮かべて

「俺はどうでもいい奴の髪など気にしない」

そう言い捨てて部屋を去った。

「ちょ…殿?」

今のは一体?
突如先程髪を梳かれた時の感覚が舞い戻る。
ぞくりとまた体が疼いた。
そしてまた一陣の風。
みればまた風と共に舞い込んだ桜が肩に。
花びらを手にとって眺めて、今度は体がほてった。


俺は桜に、酔っているのかもしれない。



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三成さんが好きな事を薄々自覚しはじめる左近さん。
万華鏡→きらきら魅了される感じ。
華を桜にしちゃえ!桜だって華じゃん!桜は「げ」って読まない?知るか!ふりがなふれば良いでしょ!
…な感じで。



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