「よくこの傷で戦が出来たものだ」

熟睡中の左近に声をかける。
溜め息まじりの三成の言葉には、少しばかりの安堵と畏怖が込められていた。
左近のタフさに胸を撫で下ろし、そうでなかった時の事を考えて胸が締め付けられたのだ。
左近はよく仕えてくれている。
もはや家臣と言うより、同志と言った方がしっくりくるくらいだ。

“まさか”

初めて見た時には女好きそうな雰囲気があまり気にいらなかった。
が、その分男に疎そうなので、面白半分に落として魅せようと思ったのがいけなかった。

“…俺がはまりすぎるなんてな”

案の定男の免疫がなかった左近は、三成の作戦にひょいひょいと引っ掛かり、その都度新鮮な反応で三成を愉しませてくれた。
気付けば病み付きになる位に。
容姿のままに一本気な所やひょうひょうとした性格、頼りがいがあるようで何処か抜けている態度。
そして何より

“俺の頼みを承諾した時の笑顔”

どんな難しい戦略でも、決まって左近は微笑んで快諾するのだ。
少し、左近に頼りすぎたのかもしれない。
もし目の前で眠るこの男がいなくなるとして、自分はそれをどうしても納得出来ないだろう。
今日の戦で重傷を負った左近を見て、酷くそう思った。

“左近…”

眠る姿はあどけなくさえ見える。
腹に巻かれ、少し血の滲んだ包帯を指でなぞった。
少し身動ぎするのが面白く、寝息に併せて上下する胸に唇を落とす。

「ん…」

声に驚いて顔をあげるが、どうやら起きたわけではないみたいだ。

“珍しいな”

普段なら飛んで起きるくせに。
全く起きる気配を見せないので今日は仕方あるまいと思って、また左近に軽く口付けすると、部屋を出るべく立ち上がった。

「と…の…っ」
「…悪い、起こしたか?」

左近に背を向けたままそう言えど、返事がなかなか帰って来ない。

「左近?」
「ん…あ、あれ殿?」

だから何だ。
左近はしばらく黙った後、独り合点して軽く笑った。

「すいません、少し寝ぼけたみたいで」
「そのようだな」

まだ俺は後ろを向いたまま。
向き直ればきっと無防備に笑みを浮かべる左近が目に入る。そうしたら我慢出来ない。
そうでなくても穏やかな寝顔に理性がぎりぎりだったと言うのに。

「殿はもうお帰りに?」
「そのつもりだが何かあるのか」
「…いえ」

ただ何故後ろを向いているのか不思議に思ったので。

分かっていない分性質が悪い。
が、もう無理だ、どうなっても俺の知った事ではない。

「気が変わった。少し付き合え」

近くにあった酒杯を引きずって来る。
もし左近がそれなりに元気なら一緒に祝盃をあげようと思っていたものだ。
まぁ左近の傷があまりに酷かったので諦めたつもりだったのだが。

「いや…すいません。俺、ちょっと今日は…起き上がるのも辛いので」
「付き合え。
起き上がるのが辛いと言いながら先程は果敢に敵を薙ぎ倒していたではないか」
「あれとこれとは…」
「五月蠅い。なら俺が呑ませてやる」
「…え」

口に酒を含んでそのまま左近に流し込む。
いきなりで対応しきれなかったのか、口の端から透明な液体が伝い落ちた。
それをじっとりと舐め取って驚く左近を見下ろす。
顔には微笑、目には冷気。
もう逃がさない。

「どうだ?美酒だろう」

してやられた、と軽く顔を歪ませる左近を鼻で笑う。
悪いのはどちらかと言えばそちらだ。

「…生憎ですが味を吟味する時間がありませんでしたね」
「…そうか」

ならもっと呑むだろう?
左近は一度目を閉じて覚悟を決め、ゆっくり開きながら言った。

「はい」






「…っ、っ痛ぁ…殿!」

左近が悲鳴をあげるので手を止めて続きを窺う。
あの後何度か流し込んだ酒のせいでほんのり朱のさした頬に、とろんとした目。
あぁ、早く食らい付きたい。

「で、何だ左近?」
「だから手です!右手退けて下さい…っ」

右手を見れば包帯の上、慌てて言われた通りに手を退かす。
すると左近は安心したようで胸を撫で下ろした。

「相当痛手か?」
「これ以上肉を殺がれてたら死んだんじゃないですかね」

本当によく生きていてくれたものだ。
血を滴らせながら僅か数騎で本陣に帰還した時は軽く死相が現れていたが、今は転んで痛がる童の様な表情しか見せない。
痩せ我慢なのだろうが、それが出来るだけ回復したと言う事だ。

…少し悪巧みを思い付いた。

今退けたばかりの手で包帯の上を擦る。

「どのくらい痛いんだ?」
「正直、今殿が触っているのでも充分痛いです」

冗談の様な彼特有の軽い口調で言うが、冷や汗が出ているのでその実態は明らか。

“…今日こそ…出来るかもしれない”

楽しみは後でとっておく事にして、歯を立てずに胸の飾りを甘噛みする。
こっちはこっちで楽しみなのには変わりないが。

「っ…ぁ…」

左近はいつもこう言う時に俺を見ない。
見ないで目をつぶっている。

「左近、俺の顔に不満でもあるのか」

自分で言うのも何だが、世間一般で言えば確実に中の上は超えると思っている。
女からは勿論、男からも好かれた試しが、実は結構あるのだ。
そう言った奴は目の色が違うので良く分かる。

「殿は…ッ、綺麗です…よ、ぁっ…」
「知っている」

はは、殿らしい返事ですね、と言いながらも左近の瞳は開かれない。

“開かせたくなってきた”

天の邪鬼と言うか幼いと言うか、かたくなに拒まれれば解きほぐしてみたくなる。

「左近…」

左近の顔を両手で抱いて、片端から愛撫してまわる。
頬に始まり瞼や耳、そして勿論口腔も。

「ふぁ…ッ、………」

そしてしがみつく様に自分の胸を左近の顔に押しつけた。

「との…、そんなっ…しがみつかれると…、息が…、出来ませ…ん…んっ」

す、と左近から離れる。
今まで激しく抱き合って居たのが嘘の様に。
息を殺して物音一つ立てず、左近が横たわる側に座った。

「…何かありましたか?」

声の後に俺の返事はなく、左近自身の息遣いだけが虚しく響く。

「殿?」

やんわりと目を開いて、瞳がやっと俺を捕らえた。

「俺の顔位、見ろ」

わざとふて腐れた風を装えば

「……はい」

左近は断れない。
しかし、自身のない返事は左近に似合わない。
それに俺の好きなあの笑顔もない。
見ると言ったにも関わらず左近の目がしっかりと俺を捕らえる事はなく、ちらりちらりと流し目程度。
これは何かあるな。

「左近、俺を見れない訳でもあるのか」
「…殿は御自分の顔の事、把握していらっしゃいますか」
「している」

溜め息。

「していらっしゃるならそんな質問は出ないはずなんですけどね…」
「何だ、はっきりしろ」

ぐい、とのし掛かって頭を掴み、強引に視線を合わせた。

どくん。

上に乗った俺がはっきり分かる位の、鼓動の高鳴り。
脈うつそれは、何故か部屋中に響き渡るかのように聞こえた。

「…そう言う事か」
「…そう言う事です」

くすり、と笑って左近に身を預ければ左近の鼓動が俺の体にひびいた。

「俺も似た様なものだ」

つい、と舌を伸ばしてまた胸の飾りを弄ぶ。
舐めて転がして吸い付く。
幾度か繰り返せば、それはすぐに硬さを持って色を変えた。

「…ッ、っぁ…」

荒い息の中、僅かに混じる愁いを帯びた声がさらに俺を煽る。

「…っ…ッ」

正直、刺激が足りないのだろう。
初めてならまだしも、行為の行き着く先の善さを知った者が、軽い愛撫で足りるはずかない。
まぁ分かって焦らしてるのだが。
ほら、左近が身を捩らせて俺を下へと促そうとしている。

「ひッ…」

かり、と飾りに噛み付く。
やっと与えられた刺激に身体を震わせ、落着いた低い声は裏返ってかすれていた。
でも、まだ足りない…そうだろ?

「…のっ、…や…く」
「聞こえない」

意味は大体理解出来るけど。

「殿、はやく…して下さ…い…」

そう言うので、いい加減下も触ってやろうと手を伸ばした瞬間、
左近がさらに言葉を続けた。

腹の傷が痛いからだ、と。

普段なら背の低い俺が味わう事の出来ない上目遣いで。
俺の中で何かがぷちんと音を立てて切れた。
人はそれを我慢だとか限界だとか言うのだけど。

“泣かせてみたい”

啼かせてみた事なら何度もある。
しかし泣かせてみた事は…ない。
しかも俺が欲しいのは感情の涙じゃない、もっと純粋な本能からの、涙。

「ぐぁああぁあぁぁっ!」

気付けば俺は両手で包帯を押していた。
じわりと血が白に滲む。
先程見た時は余りの量に軽く眩暈を覚え、不安になり、負の感情しか沸かなかった血に、今は。

「…痛ッ…う…っいあ…あ゛あああっ」

ぜいぜいと全身で息をし、叫ぶ事で痛みを和らげようとする。

“やめて欲しいと俺に言う事も考えられない…か”

そんな本能的な左近の感情を初めて見た。

「ああああ゛っ!」

身体を揺すって強引に俺から逃げる。
荒げた呼吸を全身で整えて俺に向き直った。

「殿…何をなさるおつもりですか。左近に…死ねとおっしゃるつもりですか!?」

必死に追及するのを無視して左近の下肢へ手を伸ばす。
腿から腰にかけてゆっくりなぞれば

「…殿…ッ、話…ぁっ」

左近の身体がびくりと反応した。

「…左近も物好きだな」
「何をおっしゃいますか」

悪鬼の笑みで左近の自身をむんずと掴んだ。

「ひぁッ…ぃ…ぃあッ」
「見ろ左近。さっきの激痛で萎えたかと思えば…これだ」

しっかりそそり立って快楽を求める貪欲な姿。
左近のそらした顔は真っ赤に染まっていた。

「左近は痛いのが好きなのだな」
「ぃ…違ッ…やぁ、…やめ…ッっ!」

左手で双玉を揉みしだきながら右手をまた傷の上に持っていく。
嫌だ嫌だと言いながらも左近がよがっているのは事実だし、何より三成が普段は見せない左近の姿に激しく昂揚していた。

「ぐぁあっ、痛…ッぁあ…はァ、ひぃあああああっ」

ぐいぐい押せば押すほど左近の嫌がり方は激しくなり、
それと同時に自身はしとどに濡れて反応していた。
頃合を見計らって手を退けると、左近は自分の異変に気付いたようだ。

「…ッ、あ…れ?」

激痛のせいか、はたまた違う理由なのかー俺は確実に前者だと思うがー
左近の頬に涙が伝った。

「え、…あれ、…え?」

自分の頬に手をあてて必死に拭えど、瞳から流れる涙が止まらない。
まるで泣く事を始めて知ったかの様に不思議がり、目をしばたかせて俺を見た。

「すいませ…、…ちょっと…」
「…左近、すまない」
「何が…え、ちょ、…あッ、と…のっぁあ!」

慣らしてもいないそこに、自分の自身を押して強引に押し進める。

左近が悪い。
あんな目で、あんな真っ赤な涙目で見詰められたら誰が我慢出来ようか。
少なくとも俺は無理だ。
…左近は痛いのが好きなんだろう?なんてもっともな理由を頭の片隅に。
そんなの自分のエゴだと言う事は分かってる、でも。
左近は嫌がってはいないと何故だか分かったから。

「殿…、くぅ…ぁ…」
「泣き兎みたいだ」

赤い目だけだが。

「うさ…ぎは、殿でしょ…ぁッ痛っ!!」

ぐちゅ、とわざと音を立てながらさらに押し広げる。
兜の事、それなりに自分でも分かっている…が、今更変えたらそれこそ気にしていた事がバレてしまう。
だからそのままにしていたのに。

「軽口が叩けるようならまだ余裕…と言う事だな」
「違いま…、や、っぁ、ぁああああっ!」

一気に根元まで押し込んで左近の良い所を突けば、もう軽口は叩けまい。
…まぁ左近の軽口も、好きなのだけど、とこれはまた別の機会に。
今は

「ぁ、はぁっ…ッ、殿…」

ただ乱れる左近が見たい。

「悪い左近」

そう言って左近の中に自分の精を吐き出せば、

「ひッ、ぁっ…ああっ!」

中に出された刺激に身体が忠実に反応して、果てた。



しばらくそのまま横になっていたが、
段々室内が明るくなっていく事実を目の当たりにして跳ね起きた。
横を見れば左近もそのまま寝てしまったらしく、情を交わした後が色濃く残った姿のまま。
だらしなく服を着るのは好きではないが、今更そんな事言ってる暇はない。

“まずい、人が来る”

朝になって人が来て、この状況はまずい。
…別に左近と俺の関係がバレようがバレまいが特に問題はない、だが。

“あの左近を人に見せたくない”

泣き腫らした赤い目に傷から滲んだ血。
左近は最初不思議そうに俺を見詰めていたが、俺の思案する所を見ぬいたのかすぐに笑いだした。

「笑っているなら手伝え」

せっせと濡れた布で左近の身体を清めながら言えば

「手伝うも何も俺、動けませんから」

と言って破顔した。
あぁ、いつもの左近だ。
いつもの、俺が好きな左近だ。

「殿のせいで傷、広がったみたいですし」
「…悪かった」

俯いて謝ってみせれば、ほらやっぱりまた微笑んで抱き寄せて口付け。

「構いませんよ」
「…そうか」

左近はやはり痛いのが好きか、と言えば必死になって否定したけれど。

左近には笑顔が似合う。
なかなか笑わない俺には眩しいくらいに、何事も笑顔。
本当に楽しそうに、嬉しそうに笑うその笑顔が俺を励まして今までやってこれた。

だが、やはり涙も良い。

普段との差が俺の琴線に触れたのか、昨晩の記憶は嫌に鮮明だ。

“次が楽しみだ”


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なんかSに目覚めた殿。
これも唆されシリーズです(笑)




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