気付けば日は暮れきっていた。 さすがに帰ろうとした俺の手を慶次が止める。 「ちょっと見せたい所がある」 すたすたと早足で入り組んだ道を進んで行く。 この先に何か、あったか? 「良かった…まだいたな」 「居るって…あ」 見渡す限りの桜並木。 石灯籠の灯が桜を丁寧に染め上げていた。 その中の一際大きな桜の下に朱い布を敷いて、何人かが花見をしている。 「慶次、遅いぞ」 「さぁ、孫市殿も早く。」 直江と真田の倅がこちらに気付いて呼び掛けてくれた。 「遅いから帰る所だった」 「嘘を言わないで下さいよ、殿。さっき朝まで飲むって言ってたのは誰ですか?」 「うるさい左近」 笑い声が一帯に響いた。 昔、雑賀の里では良くこんな騒ぎをした気がする。 何年ぶりだろうか、酷く懐かしい。 「孫市殿と話すのは始めてですね。真田幸村です」 よろしくと言って差し延べられた手を掴むと幸村は微笑んだ。 熱いくらい真っ直ぐな目をした好青年だと言う事を今始めて知った。 「私は直江兼続。」 兼続は白を通り越して透明な肌をした青年で、目鼻立ちが美しい。 これまた始めて知った。 「じゃあ俺も挨拶しときますか。島左近です」 「石田三成」 二人は知ってはいたが、やはり近くでしっかり見ると色々と感想を抱くものだ。 やはり三成の顔は美麗だ、とか左近はどことなく慶次に似た感じがある、とか。 「孫市は自己紹介しないのかい?」 「あ、そっか。雑賀孫市、よろしく」 皆がよろしくと言って微笑み返してくれた。 まぁ、若干一名は流されたけど、きっと照れ隠しみたいなそんな感じだと勝手に解釈しておく。 そして花見…もとい宴会は再開された。 「孫市殿の武器、前々から不思議でならなかったのですが…」 幸村が人懐こい仕草で俺の横に座ってくる。 話しを始めてしまえば元々饒舌な俺は初対面な事を忘れる位存分に楽しんだ。 皆、いい奴じゃないか。 心からそう思った。 いつぞやは志で揉めた事もあった…でも、今はもうあまり気にならない。 泰平の世を作り上げた、仲間だから。 何故だろう、この心変わりは。俺に余裕が出来たからだろうか。 風が吹いて桜の花びらが舞う。その中の一枚をそっと掴み取って空に舞いあげた。 理由なんていらない。 ただ俺はこれからの世を生きて行こうと、そう思った。 言葉にすれば違うかもしれない。 でもきっと彼らの言う義の世も、秀吉の言った皆が笑って暮らせる世も、 蛍の言った泰平の世も結局は同じ軸に集まる花びらのようなものなのだろう。 舞い上がれ花びらたち。 きっと高く飛んでいけるから。 俺だって、きっと。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ここまでお読みくださった方々、本当にありがとうございました。 孫市って精神のみが劣ってる感じがして、 でも、そんな彼にも平穏が訪れると良いな、みたいな感じで書きました。 孫市成長物語です(笑) タイトルの意味は、日進月歩を孫市流にとらえると”後ろに進まないこと”になるんじゃないかなーって。 ―戻る―