小さな光はゆらりとざわめき私の心を燻らせる。
視点を一点に集中させると、逆に全体がぼやけてしまうように、私の気持ちも朧気なものなのでしょうか。
完全に停滞してしまったこの関係は、この炎のように揺らめき、ざわめき、やがて跡形もなく消え失せてしまうのでしょうね。

「なぁに、妖しげな事してるんすか」
「…何が妖しいんですか」

陸遜がながめていた蝋燭の炎を華奢な指で消してしまいながら、凌統は髪留めを解く。
陸遜はふてくされたように机に突っ伏して、親友の突然の訪問に応えた。

「訳もなく炎を眺めてたら、それは十二分に妖しいですよ。特に伯言は」
「特にって何ですか、特にって」
「伯言の火刑好きは周知の事実」

はぁ、と小さな体に似合わぬ大人びた溜め息をついた。

「好きって訳じゃないんですよ?
戦地の条件やら天気やらを踏まえて出した結果がそうなってるだけで」
「知ってる。呂蒙さんも言ってたし」

陸遜は自分の体が微かに反応するのを感じた。
勘の良い親友に悟られただろうか。

「で?伯言は何、悩んでたんだ?」
「…と言うか公績殿、今気付きましたけど凄い痣ですね」
「へ?あ、ははっ」

漸く顔を上げた陸遜の目に、泣き黒子のすぐ下、垂れた右目の周りに痛々しい痣を作った凌統が映った。

「また甘寧殿ですか」
「仕方ないさ、あいつがあの態度を貫くなら」
「……良い、ですよね」

私…と言うより彼ら二人を知る人なら誰でも、甘寧殿と公績殿の仲が良い事は知っています。
甘寧殿は“公績殿が突っかかってくるから仕方なく”、公績殿は“甘寧殿が親の仇だから”と、
毎日繰り広げる喧嘩の建前だけは立派に持っていますが、最早その行為を楽しんでいるのは明らか。
最初に会ったのを見た時は、一生相容れない仲だと思ったのに。
私達の方が余程先にいると思ったのに。

「良いって…本当大丈夫か伯言」
「公績殿は、甘寧殿が好きなんですよね」
「…は?」

これは極一部の人間しか気付いていないですが、甘寧殿と公績殿の関係は“仲の良い”から更に一歩上にあるのです。
何度かそう言う現場を目撃する度、ずきりと胸が痛みました。
私と彼の人は、最初から“仲の良い師弟”だったと言うのに、全く発展がありません。
本来ならそれが当たり前で、発展のあった公績殿達がおかしいのは分かっています。
でも、近くにその事実をちらつかされれば望むのも仕方ないと思いませんか。

「いつ俺があいつを好きだとか言
「私の前で嘘をついても無駄ですよ、知ってるんですから」
「……そっか、そう、だよな。
………うん、あいつの前では死んでも言わないし、認める気もないけど、
一般的に言えばそんな気持ちなんじゃないかな」
「私はあなたが羨ましいです」

或いは、私自身の消極的な性格がいけないのかもしれません。
公績殿のように、例え本人に向けてではなくとも口に出来れば、大きく変わってくるでしょうに。

「そうですかね」
「そうですよ」

多分私は一生口に出せぬまま、この気持ちを募らせてゆくのでしょう。
それが私の限界。

「伯言が悩んでるのって呂蒙さんの事でしょう?」
「!?な、何で」
「まさか気付かれてないつもりだった?」
「つもりって、私一言も」
「口で言わずとも分かるっつの。
伯言の呂蒙さんを見る目は明らかに違うから」
「そ、それじゃまさか」

「子明も気付いてるぜ?」

派手な音をたてて扉が開いたかと思うと、凌統と丁度反対の位置に痣を作った甘寧が現れた。

「立ち聞き、悪趣味」
「何とでも言え、俺は今上機嫌だからな」

甘寧の腕は当たり前のように凌統の肩へと伸び、そのまま凌統の頬へ口付け。
その瞬間、甘寧の腹に凌統の肘討ちが当たり、何やら鈍い音がした。

「うぉ、痛ぇ…あぁ、陸遜、子明はな、
あれでいて体裁とか世間体とかどうでも良いもんであれこれ悩むから」
「体裁とか世間体はどうでも良いもんじゃねぇよ」

また、鈍い音。

「ぐぅっ…でな、お前が憧れを勘違いしてんじゃねぇのかって言ってた」
「……」

また、鈍い音。

「俺今変な事言ってねぇ……あぁ最後まで話聞けよ、陸遜。
子明はな、最終的に気にしてたのは“自分から手ぇ出すこと”だったぜ?
立場を利用したみたいで嫌だーだってさ。あいつも堅苦しいよなぁ、俺なんか思い立ったらすぐ行動す
「あんたは必要な所だけ話せ」

踵落としが見事決まって、甘寧は床に沈んだ。

「伯言意味、分かるか?」
「自分から手ぇ出すのが嫌とか言ってる時点で、
陸遜の前提条件は解決してる」
「…な、んで」

私に優しくしてくれるんですか。
公績殿はまだしも甘寧殿まで。

「皆心配してたんだぜ?」
「伯言は悩みがすぐ顔に出るくせに、気付かれてない風を装うから、
どう手出して良いか分からなくて」
「…分からなくて?」
「り…

「っとその前に」

甘寧が凌統の口を手で押さえて後退させる。
凌統は一瞬眉をひそめたが、直ぐに目見開いて頷いた。

「陸遜、子明の事好きか?」

今まで口にはしなかった言葉。
声にしてしまえば何もかもがそのまま出ていきそうで怖かった。
でも、今なら

「…はい。呂蒙殿の事を考えると
「待った」
「え?」

凌統はにこりと微笑んで、扉を開けた。
そこには

「りょ、もうどの…!?」
「続きは直接、な?伯言」
「じゃあ俺達はここで」

ひらひらと手を振りながら去り行く二人を引き止める声を上げることも出来ず、陸遜はただ呆然と立ち尽くしていた。

しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで

「何を言ったら良いのか皆目見当もつかないが…」
「…そう、ですね」

気まずくはないが、それと似たような空白が幾分続く。
口火を切ったのは呂蒙だった。

「陸遜、宜しく頼む」
「っ、はい!」



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