リク『軍師が四男とにゃんにゃんしてる話』

かたん、かたん、と布を織る音が響いて、私にはとても耳障りだった。
別に、行動事態を否定しているつもりはない。
……否定しているつもりはないはずだ。
だけれども、そう、その相手と場所と時間を考えると、無性に突っ掛かってみたくなるのだ。

「うるさいですよ」

城の一角、兄が観賞用に創らせた小さな庭の中で、
まだ夜も明けて間もないと言うのに布を織る音が響いていた。
まだ執務の時間ではないし、この回廊を通る人もいやしないのだから、
うるさいと言うのは私個人にとってだけの話なのだが。それにしても軍師の行動には毎度飽きれさせられる。

「……おや、あなたでしたか」
「何ですかその露骨に残念そうな声は!」
「実際に残念だな、と思っています」
「あなたね!」

くすり、と笑って軍師が人差し指を唇の前に持っていく。
雪の様に白い肌の上の薄い唇がにやりと形を変えて、私の頭の中でぷつんと何かが切れる音がした。

「うるさい、ですよ?」
「っ……!!」

何が、『ですよ?』だ。大体、穏やかな口ぶりなのは認めるが、それにしては声が低過ぎる。
兄上程ではないにしろ、充分に低い声で小首を傾げられても、正直、見るに堪えない。
しかも少し掠れ声だ。掠れ声で可愛いらしい言動は、似合わない。
だというのに、私以外誰一人としてそこに文句をつける人間がいないのは何事なのか。
手当たり次第に他人の襟首を捕まえて抗議したい気分だ。
ずきりと痛む頭を抱えて軍師を睨めば、素知らぬ顔でまた布を織りはじめていた。

「私を無視しないで下さいませんかね!」

ほらまた、むす、と表情を変える。気色悪いですよ、それ。
渋々手を止めて立ち上がる軍師は、良く見れば普段とは違う服装をしていた。
細かな刺繍がなされた上着に、腰にまかれたふわりとした布。
膝下からは少し野暮ったく足を包む外衣が見えている。

「何しに来たんですか、こんな時間に」
「こんな時間に、はこちらの台詞です!大体……、何ですかその格好は」
「へ?何かおかしいですか?」

くるりと一周回って腰にまかれた布がふわりと広がった。それに合わせて髪が靡く。
珍しく下ろした髪は、結いあげるにはぎりぎりの短い長さで、それもまた違和感があった。

「別にどこも汚れていませんよ?」
「……いや、」
「因みに、何故この国の一般的な服装でないのか、という問いなら、
単純に着慣れているからと言う答えを返しますし、
何故こんな朝早くからここに居るのか、という問いなら、
昨晩からずっといて、気付いたら朝になっていたと言う答えを返します」
「ちょ……」
「ついでに今日私は休みですので、官服を着ない事に関する文句は受け付けませんよ」
「じゃあ」
「あぁ、昨晩は月が満ちていましたから、手元は明るかったです」
「……では」
「織り物は、まぁ元々絹屋の嫡男でしたから、得意ですよそれは。今は帽子をつくっていた所です」
「……っ」
「……あなたは昨日やり残した資料整理を私に何か言われる前に終えてしまおうとしたのでしょう?
でも、あんなたくさんの量、一気に出来ると思ってませんからゆっくりやって下さって結構ですよ」

(……っ、私に、喋らせろ!!)

にこにこと微笑む男を殴り飛ばしたくなりながらわなわなと体を震わせれば、ぽんぽん、と頭を撫でられた。

「そんな気負わなくても、私はあなたを頼りにしてますよ?」
「っ、あなたは!」

一歩後ずされば、柱に背中をぶつけて、鈍痛が体に走る。
目の前の軍師はくすくす笑って……まさか分かっててやったんじゃないですよね。

「あなたとは、意思疎通が出来ません!」
「私はあなたと意思疎通が出来ていると思いますけど」
「一方通行は意思疎通が出来ているとは言いません」

それはまぁ歳の差ですよ、と軍師は言ったが、私が軍師の年齢になっても、ああはならない。
というか成りたくない。というか成りたくても成れない……いや、軍師という立場には成るけれど。
心の声が聞こえているとしか思えない勘の鋭さが腹立たしくて、
でも何かしら言い返せる言葉も見当たらなくて、結局私は黙るしかない。
些細な事に、文句は沢山つけられるんだ。
普段の身嗜みとか、無意味な嘘をつくこととか。
でも、本当に重要な時というのをこの人は分かっているようで、
切替の効いた時の態度は、平素の人懐こさが偽りであるかのように他人を寄せ付け難い。
その姿を、私は。

「尊敬、してくれてるんですよね?」
「な、な、な!?私が?あなたを?有り得ません!それだけは決して有り得ません!天地ひっくり返っても!」

有り難いですね、何て軍師が笑うものだから、
私はもうどうして良いか分からなくて、その場を走って後にした。
後ろから天地をひっくり返すには逆立ちすれば良いじゃないですか、簡単ですよ、と聞こえてきたけど、
聞こえない振りをして小声で馬鹿、なんて言ってみる。
些細な秘密にとても満足する私は、既に軍師の術中にあるのかもしれない
……とは、とりあえず思わないでおくことにした。


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軍師は待ち伏せで一晩明かしました。
馬鹿な悪戯に全力投球するタイプです。彼は。
そして『女装かよ!』って突っ込んで欲しくて女装してきたのに気付かれなくて若干凹んでます。
書かなきゃわかんねぇけど。
って事で遅くなりましたが、1000hitリクありがとうございました!



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