仕事のできる上司は好きですか?大抵の部下なら答えははいだ。
お節介な上司は好きですか?大概の部下なら答えはいいえだ。
そうして俺もまごうことなく、その模範的回答者の一人だった筈なのだけれど。
好きかと問われれば一応は頷く。認めたくないが尊敬もしている。
けれどもどうしてあのしつこさに、辟易するのは否めない!

東雲の薄明かりに満たされながら、この国はゆっくりと呼吸を始める。
南東に大きく開かれた窓からじわりと陽光が滲み始めれば、それが業務開始の合図だ。
所謂内政を一手に引き受けるため、ここではおよそ日の出からなりふり構わず全力疾走。代わりに残業は絶対禁止。
それもこれも、うちの上司の方針だ。
……あの人が残業をさせないのは自分が呑みに行きたいだけなのだと俺は踏んでいるが。
そうして噂の上司はといえば、現在奥の執務室で部下からの短期休暇申請へ、対応の真っ最中だった。

「復帰の目処も立っているし、それに関しては構わないが……あぁそうか、子どもが生まれると言っていたな」

灰色のひとみを綻ばせ、俺たちの上司にしてこの執務室の主、文官筆頭である司空様は一つ大仰に頷いてみせた。
ここまではいい。
面倒見のよさに定評のあるこの人は、部下の名前と顔は勿論家族構成から趣味にいたるまで、
すっかり正確に把握してくれている。
それはそれで確かに仕事場のやり取りを円滑にし、ありがたいことでもあるのだが、

「奥方は臨月か?」
「はい」
「ちゃんと食欲があるか?栄養のあるものをしっかりと食べさせてやれよ」
「は、はい」
「絶対に無理はさせるな、側について安心させてやることと、……私にもなにか手伝えることがあったら言ってくれ」
「……はい」
「子どもはいいぞ、きっとお前に似て賢くなる。それより名前はなににするつもりなんだ?」

あーあーあー、またやってる!
叫び出したい気持ちを堪えて二人の様子を横目に捕らえ、俺は思わずため息を吐いた。
そろそろ相手が生返事になってきていることに、どうしてあの人は気付かないんだろうか。
目の前に山と積まれた書類に関してだったなら、砂丘の中から一粒の黄金を掬うようにして誤りを正してみせるのに!

「司空様におきましてはお心遣い大変痛み入ります、また折を見て報告させていただきますので」
「あ、おい、お前!あぁぁぁー……」

案の定すげない答えを返され机に撃沈している彼は、はっきり言ってとても司空なんて大それた位の高い人間には見えない。
なにより威厳が欠片もない。
そこに居るのは情けない顔をした、ただの中年男性だ。

「司空様」

片手にわさわさと書類を纏め文机の方へと歩を進めると、死体のような覇気のなさで平坦な生返事が返ってきた。

「あぁ、お前か……。なぜあやつは私に子どもの名前の候補すら教えてくれないのだと思う?」
「そんなこと俺が知るはずもないじゃないですか、落ち込んでる暇があったら仕事してください」

どう考えても思春期の娘には嫌われそうな性質だ。
そのあたりに彼が自分自身で気付かない限り、この問題に関してはどうすることも出来はしまい。
半ば諦念の感を滲ませながらばっさり疑問を切り捨てさせて貰えば小声の反論が返ってきた。
知らない顔で先を進める。

「こちらが新しく上がってきた教育制度改革についての基礎理論、それに基づく諸制度の改訂項目と、
こちらは道の交易について税率の提案です。確認を……」
「待て、この税率で仮定すると計算が合わない。
……あぁ、この数値がおかしいんだな。となるとここから先がずれるか……。
わかった、あとはこちらで見ておくから、もう戻ってくれて構わない。ご苦労」

ひらひらと手を振ってみせる彼に、先ほどまでのどうしようもない中年親父の影はない。
こんなときばかり痛感するのだ、この人は確かにこの国の行く末を薄い両肩の上に背負った、司空その人に相違ないと。
ずるい、思わず口内で詰る。彼は誰よりも目が速い。指摘にまるで間違いがない。むやみやたらと部下を責めない。
生憎誰より登庁が早く、彼の帰りは誰より遅い。
本当に本当に残念なことに、俺はそれを知っている。

「仕事は確かなんだけどなぁ……」

新たな頁を捲りながら思わず深々とため息を吐くと、右隣りの同僚が苦笑しながら頷いてくれた。

「確かにな。あのしつこい食いつきさえなければと私も常々思っているよ」
「俺もそう思う。……残念だよな」

あれさえなければどんな相手にだってあの人のことを尊敬してるって胸を張って言えるのに。
それを口にすることも、こんなに容易いことなのに!

「こらお前たち、無駄口叩いてる暇があったら手を動かせ!」

奥から司空様の檄が飛んで、慌てて書類に齧り付く。地道な作業の積み重ねが、確実に今日を明日へ繋ぐからだ。
東南からの陽光が燦々と室内に降りしきる頃合、
今夜彼に誘われたならたまには素直に頷いて、彼の愚痴にも付き合ってやろうと思わない、わけでもない。
仕事のできる上司は好きですか?お節介な上司は好きですか?
さて答えは、



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すごい生活感の出てる雰囲気に感動。私ここまで司空をじっくり考えて書いた事なかったです(笑)
梵、さんきゅーです!

そんな梵のHPはこちら!
エイリアンとか登場するホモ小説書いてます。


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