解決策に繋がらない躊躇いや悩みは、なくなってしまった腕を思う事に似ていよう。
考えるまでもなく、馬鹿らしゅうて仕方ない。



<存在していた過去、作り出す未来>



「次、来い!」

ひゅん、と風切り音を鳴らして槍の丈がある棒を持った兵士が翔けてくる。
どいつもこいつも右、右、右。我の右ばかりを馬鹿正直に狙うてくる。
我が不自由なのは確かに右腕だが、
逆に考えればもう長年右腕のない生活をしているものが今の今まで何の対策もなく生きてこれよう筈もない。
仮に王の近衛軍たる禁軍を率いる我であると言うに。


(寧ろ右の方が得意になってしまったわ)


今度こやつらの指揮官に会ったら注意でもしておくか、と思いながら翔け込む兵士の背後へ周り、
わざと右の肩で背中を突き上げて飛ばした。

「次!」
「待って下さい!」

今突き飛ばした兵が、立ち上がって側へ寄ってきた。顔には地面に打ち付けた時の痣が綺麗に残っている。
(受け身もとれんのか)

「何だ」
「もう一度やらせて下さい」
「断る」

兵士の顔が僅かに引き攣った。
それでも一瞬の後、食い下がろうとするのを見て、追い撃ちをかける。

「貴様は戦場で殺された後に立ち上がって再戦を望む程、人間離れしているわけでもあるまいて」

次、と言いかけた刹那、また兵士が声をあげた。

「そ、それなら!俺はまだ死んでません!大尉は俺突き飛ばしただけです!」

それは、本当に殺してしまっては新人の教育にならないから手加減しただけの話。
それ位分かっているだろうに、兵士の顔は真剣で。

(跳ねっ返りは、嫌いではない)

突き飛ばされた後、うしろでうじうじ悩んでいる奴らより、見込みはあるだろう。

「今一度だけぞ」
「はい!ありがとうございます!」

痣と砂に塗れた顔で笑顔を浮かべる兵士に、少しだけ好感を持った。
(きっと良い将になるだろう)
など、父性のようなものを感じたが、我とてこの兵士と十程しか変わらぬわけだから、それもおかしな話だ。

「やぁっ!」

今度は流石に、左から攻めてくる。されど、やはり手は簡単に読めて少しの攻防の後、兵士の後ろをとった。
そのまま突き飛ばそうと、左腕を伸ばしたその瞬間。

(っ、……!!)

激痛が右に走り、思わず兵士から距離をとった。

(また、か……)

痛みは引かぬものの、頭は冷静さを取り戻して、突き飛ばされなかった事に戸惑う兵士の腹を殴りつけて、気絶させた。
周りの兵士は我の異変に気付く事もなく、気絶した仲間のもとへ駆け寄っていて、
僅かにもたげた我の中でだけの焦りは静かにおさまっていった。

「今日はここで終いとする」

僅かに汗ばむ体を整え、兵士達の顔を見渡す。
別段文句を言うものもなく、そういえばあの兵士で最後であったかと納得し、
いつも通りの口調で言い切ると、その場を立ち去った。


※※※※※※※※※※※※


「っ、ぐぁああっ」

城の裏手、都市内に舞い込んだ砂のたまり場になっている所で、我は一人激痛に耐えていた。
『右腕が』痛い。
腕を失った後、この症状は稀に出ていて、医者に原因を尋ねたがはっきりした答えを貰えていなかった。
曖昧な中で出てきた答えは、我の頭はまだ右腕がなくなった事に気がついていないのではないか、
という何とも間抜けなものであった。

(それにしても今度はとみに酷い)

斬られた時より数倍も痛い、割りにあわぬ、とくだらない事を考えていると、背を預けた壁の後ろに人の気配を感じた。

「またか」
「こちらこそまたか、だ」

心配しているのか、呆れているのかどちらともつかぬ声色で、壁の後ろの人間―――司空が声を放った。
後者ならとにかく、前者なら不必要極まりない。

「大丈夫なのか」
「慣れておる」
「……ふん、私が心配したのは戦場でのことだ。大尉が頻繁にこうなっては勝てる戦も勝てなくなる」
「貴様、軍師か?役違いも甚だしいわ」

少し痛みが和らいで、とん、と背を壁につけ、空を仰ぐ。
我の動きに気付いたのか、壁の後ろ側でも同じ様に座り込む音が聞こえた。

「違う。貴様が無駄死にすると貴様の軍にさく費用が無駄になる。
費用を無駄にさけば戦も負ける、そうなれば我が国の財政も傾く。それが避けたいだけだ」
「それは悪かった、……っぅ」

またずきん、と右腕がつるような痛みが走る。小さく呻く声を堪えるために体を丸めると、
砂の上にぽたぽたと汗が落ちた。顔に纏わり付く髪が、酷く欝陶しい。

「これは友として聞くが……本当に大丈夫か」
「友?」
「茶化すな」
「そうよな。まぁ気にするな、慣れたものよ。
不思議ではないか?我の右腕は遠い昔になくなっていると言うに、まだ痛みを感じるなどと」
「暢気に好奇心を語っている場合か。本当に戦場で起こったらどうする」
「貴様は焦り過ぎよ。大丈夫、対策はとってある」
「ほぅ、どんな」
「簡単な話。我が痛みに呻き出したら、迷わず見捨てよ、と副官に命をやってある。
さらにその時に新しく組み替わる隊についても細かく指導してあるまで」

にやり、と笑いながら言えば、壁の後ろで小さく息をのむ声が聞こえる。
ほんに、分かり安いお節介者よ。誠、将に向いておらん。

「ならば大尉を降りろ、などと言うてくれるなよ。さすれば我の意義もなくなろうて。これは王から賜った機会なのだからな」
「……王も、何故こんな危険な体の奴を」

溜息混じりの司空の言葉に、思わず吹き出す。
直ぐさま、何がおかしい、と抗議の声をあげるので、自分で考えてみよと返した。


危険な体、とな。


それは戦に立つ者は皆同じ。戦場に立つ瞬間に己が命日と定め、戦に望むが我ら戦人。
さすれば、我のみが特別待遇される所以はどこにもない。

我は、片腕であろうと不可思議な病であろうと、それによって劣る物はないと考えている。『
劣っている』と考えた時、それは始めて引け目になるのだ。
現に、我は王から大尉の位を賜った。
それは正に、我が他人と劣る事のない――いや、戦の腕においては他人以上と認められた事に相違ないのだ。
すぅ、と右腕の痛みが引く。

(あぁ、元通り、ここには何もない方がしっくりくるわ)

左手で右腕のあったであろう空間を切る。何の抵抗もなく左手が通った事が酷く嬉しかった。
しっかりと存在する左腕で額の汗を拭い、少し伸びた前髪をかきあげた。

「我はただ、毎日が楽しゅうて仕方ないだけよ」
「何の事やら。いずれにせよ、私は心配損と言う事か」

左手で、壁に僅かにある裂け目を掴む。
思いっきり足を蹴り上げてふわりと空中に浮かび、
そのまま回転して反対側に居た司空の目の前に着地し、ずい、と存在しない右腕を突き出した。

「なっ……!?」
「そうでもない。貴様がいらんお節介を焼いてくれたお陰で、今良い事を思いついた」
「はぁ?」
「はは、義手でもつけてみるか。戦場で突き出したらまず反射でそれを斬るだろう。
その間に我は悠々と相手の急所を屠る事が出来よう」

口を僅かに開けたまま、間抜け顔で何度も瞬きを繰り返す司空を見て、またくすりと笑い声をあげた。

「一度しか使えぬのが欠点だが、礼を言うておこう」

ぱしん、と肩を叩いて城へと歩きだす。
小さい声で戦馬鹿が、と聞こえたから、最高の褒め言葉よ、と大声で返せば、地獄耳と罵倒された。
すたすたと近寄って睨みつけてくる司空に笑顔を向けながら、我は歩き続けた。
道は、何処までも広がっている。
清々しいまでに何もない、砂漠の道が。
足跡をつけるのはきっと、我らであろう。



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大尉の病気は所謂、幻肢痛です。
そんなこんな、色々ハンデはあるけども、一切気にしない所か全力で楽しんじゃう大尉さん。
一応古臭い喋り方だけど30代前半でまだ若いつもりで書いてます。




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