「暑ちぃ」

いきなり人の部屋に入って来た男の、第一声がそれだった。
威厳も何も捨て去ったような軽装で、心なしかいつもより高い位置で髪を括っている。

「うわ、公瑾暑っ」
「……どういう意味だ」

掌でぱたぱたと自分を仰ぐ孫策には、うっすら汗が滲んでいる。
確実にこれは気候のせいではない。暑い暑いと叫んであちこち歩き回ったせいだ。

「髪、あと服。よく着てられんなぁ」

要するに私はいつも通りなのだ。
流石に戦の時のような鎧は付けていないが、官吏として適切な格好をしている。
私も多少の暑さは感じていたが、心地良い風が吹いていたから随分ましだと思っていたのだが。

「暑い暑いと言うから暑く感じるんだ」
「涼しいって言っても涼しくなんねぇ」
「それはそうだが」

力尽きたらしい孫策は、ふわりと体の力を抜いて私の寝台に突っ伏した。
強い陽射しの中に埃が舞うのが見えた。
相変わらず外では五月蝿く虫が鳴き、ぬけるような青空が広がっている。
雨なんかよりましだと、私は思う。
まぁ孫策は雨なら雨で別の感想を喚きちらしながら私の部屋に来るのだろうけど。
結局の所、暇潰しなのだ。

「ほら伯符、水。少しは涼しくなるだろう?」

冷えた杯を孫策に渡そうとしたが、一向に手が伸びてこない。

「寝た、のか?」
「かけてくれ」

くるりと仰向けになった孫策は、寝転んだせいで大きくはだけた胸元あたりを指して言った。
いつになく怠そうに見えたから、溜息をついて仕方なく(孫策の下の寝台が濡れるのを諦めて)言う通りにすれば、
孫策は嬉しそうに微笑んだ。
それを見てまぁいいか、と感想を抱くあたり私も頭が暑さにやられている証拠だろうか。

「公瑾」
「次は何だ」
「だから、公瑾」

にこりと少年のような笑みを浮かべる。
あぁ、謀られた。
猪突猛進で体力に任せた行動ばかりが目立つが、孫策はそもそもかなりの策略家だ。
今孫策は私に、寝台へ来るように言った。断るのは簡単だが、その時は確実に体力に物言わせて、結果は変わらないだろう。
もっと言ってしまえば、私にそこまで抵抗する気がないのも完全に見抜いている。
ところで、寝台は先程私がかけた水で濡れている。そして、官服を濡らす訳にはいかない。
つまり?

「君はここに何をしに来たのだ」
「涼みに」

盛大な溜息をつきながら肌着一枚になると、私も孫策の横に転がった。早速私の服に手をかけてくる。

「確実に汗をかくことになるぞ?」
「そしたらまたお前に水でもかけてもらうさ」
「ごめんだな」

私の言葉に刺があったからだろう、孫策は手を止めて私の顔を見る。
憮然とした顔を崩さないでいると、強引に頭を引き寄せられた。
私より背丈の低い孫策だが、体つきはしっかりとしていて、私の体はすっかり包まれてしまう。

「疲れてるなら、このまま寝てもいいぜ?」
「思ってもいないことを言うな、我慢するなんて君らしくもない」
「良いって言ったり悪いって言ったり変な奴だなお前」

くすくすと笑う孫策の口を、自分のそれで塞ぐ。
少し驚いたようだが、すぐいつも通りに戻って、仕返しとばかりに激しい口付けをもらった。
私の体に沿う程度だった腕はいつの間にかきつく背中に回され、もう片方の腕は頭を支えている。
抱き寄せられた事で孫策の物が私の体に当たり、その高ぶりに何故か私が赤面した。
孫策もそれに気付いたのか、より激しく唇を重ねてきた。

「っ……はぁ、は、長い!」
「悪ぃ、つい」

悪びれない顔でそう言う。つい、何なのだ……と問い詰めようとしたが、息があがって億劫になった。
暑さのせいもあるかもしれない。
暑さというものは、汗をかく程実感してしまえば留まる事を知らない。
それこそ水にでも浸からない限り暑いという感覚は付き纏うのだ。

「伯符、困った事がある」
「……ん?」
「私も、暑い」

もう、どうにでもしてくれ。

孫策はあっさり私の言葉の意味する所を組みとった。
満面の笑みで“お前のそういうとこ、好きだぜ”などと言いながら、躊躇もせず秘部に触れてくる。

「馴らす気もないのか?」
「馴らすもんがない……後、」
「君が限界?」

こくこくと欲情した顔で頷かれ、さっきの高ぶり様を考え、諦めた。
これ以上待たせるのは不可能だ。

「分かった」

返事を待たずして私の秘部に孫策が当たる。
何度も受け入れてきたとはいえ、流石に馴らさずにやるのは始めてかもしれない。
案の定激痛が走るが許した手前押し返す事も出来ず、
この滝のように流れる汗が潤滑油になってくれれば良いのに、など都合の良い期待を抱いて、
敷布をにぎりしめて目をつむっていた。

「悪い」
「そう、思うならっ、優しく……する努力くらい、してくれっ……っぅ」

暑さによる汗に、痛みによる冷や汗が被さり、頬を伝った。髪が顔に張り付いて気持ちが悪い。
腕でそれを拭う余裕がでてきた頃、痛みも段々に引いてきていた。
馴れとは怖いものだ。

「伯符、」
「良いか?」
「んっ……」

私の中に入った段階で、いつもより熱い気がしていた。それを動き始めて改めて感じる。
追い詰められていく感覚、快楽を受け入れる感覚が早い。早くて激しい。

「今日は凄ぇいい顔してる」
「……ぁ、暑さ……の、せいだ」
「かもな」

孫策が動く度、濡れた卑猥な音が聞こえてくる。それは五月蝿いはずの虫の声を差し置いて一番に耳へ届いた。
羞恥心は沸かず、代わりに限りない高揚感が取り巻いて、
目を開いて見えるのは抜けるような青空や自室ではなく、孫策だけだった。
総ては夏の暑さのせい?

「ぁあっ、あ……伯符っ、強い、」
「そんなことないぜ、激しいのは公瑾の方だろ」
「……嘘を、つくな」

お互いに、気付いていた。
どちらも夏の暑さにあてられている事。
私は静止の声を上げることもなく、孫策も律動を止める事なく、一気に白濁を吐き出すまで交じりあった。
そして、顔を見合わせて笑った。

「若いな」
「若いさ」

国を預かるにしては格段の若さ。重圧に疲弊して、気付かぬ間に若さを厭うようになっていたかもしれない。
でも、私たちは夏に当てられる程に若い。
それは考え用によっては大きな力となる。

「すっげぇ汗かいたな」
「君のせいだ」
「どっちもどっちだろ」

ふわり、と孫策が体を起こす。
ちっとも疲れていなそうなその笑顔に一瞬驚くが、自分もまた、体は思った程だるくない。

「それで?」
「泳ぎにでも行くか、暑いしな」

勢いよく立ち上がる孫策に、私も続く。
腰に痛みは走ったが、放っておくことにする。
少し勢いに任せて行動するのも良いと思ったのだ。
官服を横目に、孫策のような軽装を引きずり出す。最近着ていなかったから、少し色が褪せていた。

「いくぞ!」
「焦るな、まだ夏は終らないさ」

空にはまだ太陽が高く昇り、青空は陰り一つなく、虫は相変わらず五月蝿く鳴いていた。



※※※※※※※※※※※
周瑜は何故私室で仕事をしているのか分からない。




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