華美になりすぎない、風流人らしい装飾。 あらゆる才に恵まれていると噂されているだけあって、 その城は機能的に何一つ不自由ないというのに、芸術品のように美しいものだった。 そんな金の装飾が、一瞬にして赤く染まる。雅楽は聞こえず、野太い悲鳴と金属の擦れる耳障りな音が響く。 ここは許都。 曹操の本拠地にして、帝を擁した地であった。 【繰り返す世界の中で】 キィィン、と質の良い均整の取れた金属の音がして、刀が弾け飛ぶ。 一小隊の隊長ですら、この国は良質な武具を持てるのか。 そう思いながら背後に迫る兵を棒で薙ぎ倒せば、とどめとばかりに孫策がその首を狩った。 私と視線が合って、孫策が小さく頷く。曹操の留守を預かる荀イクが居る場所まで、後少しに迫っていた。 (勝利は近いだろう) 足早に階段を駆け上がる孫策の後ろ姿に僅かばかりの違和感を抱きながら、私も後に続く。 孫策は最近、獲物を槍に変えた。 あのがっしりとした体だが、背丈のせいか性格のせいか細やかな動きが得意だから、 元のままの方が私は似合っていると思う。 (何を言っているんだ私は?) 私と出会った時、彼は既に槍を使っていて…… では何故私の頭は、高い位置で長い髪を結った孫策が、トンファーを奮って戦場を走る姿をありありと想像出来るのだ? 「周瑜!」 どす、と鈍い音がすぐ側で聞こえたかと思えば、眼前まで迫っていた兵が床に沈んだ。 「お前らしくもねぇ」 「すまない、助かった」 「お前が俺の背中を守るんだろ?しっかりしろよな!」 (……まただ) 私は大殿に請われて孫策と出会った。背中を守って欲しいと頼まれて。 しかし今また私の脳裏に幼い孫策が映った。この偶然とは言い難い記憶達は、一体何なのだろう。 意識を戦に戻し、目の前の兵を薙ぎ倒す。そこへ伝令が駆け込んできた。 (……これも、私は知っている) 「孫策、悪い報せだ。曹操が官渡で勝利し、こちらに向かっている」 走ってくる兵を倒して姿勢を正す。私の頭の中と自分の口で、まるで誰かと異口同音するように声が流れた。 「戦の後とはいえ我らを圧倒する数。ここは退いた方がいい」 鍔ぜり合いをする孫策はほんの僅か私の方へ注意を向けて声を張り上げる。 「何言ってんだ周瑜!もうこの戦の片はつくんだ」 そして孫策は力を抜いて、兵士は姿勢を崩す。その隙に蹴り上げるのだ。やはり私は知っている。 そう思う毎に段々と視界がぼやけて、纏わり付くような気味の悪い風を感じる。 「このまま曹操を迎え撃てば良いじゃねぇか」 声。声だけが変わらず頭に響く。 孫策の後ろから迫る兵を叩き沈めて、また何処かで知った言葉を紡ぐ。 「戦いに酔って勇猛と蛮勇を混同してはいけない! 頼む孫策。それは君の悪い癖だ……」 あぁ、頭が痛い。 背中あわせになった孫策に少し体重を預けて天井を仰ぐ。 早く次の言葉を、続けてくれ。 『わかった、周瑜』と、君が続けて、この戦は終わるのだ。 私はそう、記憶しているのだから。 「よし!この戦、俺達の……」 (え?) 聞き覚えのない言葉。 急ぎ振り返ればそこに孫策の姿はない。 後ろから矢の流れる音を感じ、視線を前に向ければ、その矢は遥か前方に立つ孫策の背に吸い込まれていった。 矢の衝撃で、孫策の体はびくりと跳ねて床に倒れた。 (どういうことだ!?) 孫策の元へ駆け寄ろうとするが、段々と視界が、世界が遠退いてゆく。 孫権殿がぐったりとした孫策を抱えて、何か言っている。もうその声さえも、聞こえない。 (君を失う未来など、もう沢山だと言うのに!!) あらんかぎりの声で君の名前を呼ぶ。 しかし私の声を聞く者は誰もいなかった。それを最後に、私の視界は急速に色を失っていった。 「っ!?」 次に目を開いた時、見えたのは暗闇だった。 混乱する頭に冷たい風が吹き寄せ、ガタガタ、と風が扉を叩く音で私の頭は覚醒した。 (夢、なのか?) 寝台に横たわったまま額を拭えば、暑い季節でもないのに汗をかいていた。 (夢、と一蹴するには、余りに意味深だ) それは、有り得たかもしれないいくつもの未来の一つ、その可能性の枝を選び取ってしまったような薄気味の悪いものだった。 積み重なる記憶が何重にも交わって、君の死という情報だけがただただ私を怯えさせる。 (今は、どれだ。どの出来事が事実なのだ?) 代わり映えのしない長い黒髪を世話しなく梳いて、上着も羽織わず部屋を飛び出していた。 矢が君に刺さる情景は、私の記憶ではない。そう信じ、大方を確信しつつも、君に会いたい。 城内の孫策に宛がわれた部屋の前まで来て、息が異常にあがっている事に気付いた。 何十里もの行軍に耐えられる体だと言うのに、この僅かな距離が遠い。 「伯符、起きているか?」 小声で尋ねて扉を叩く。 反応はない、例え中に居たとしてこんな夜更けだ、寝ているのだろう。 そう言い聞かせて煩い心臓を押さえつける。もう一度扉を叩こうとした瞬間、扉が勢いよく開いた。 「誰だよ、こんな夜中にうるせぇ……な……公瑾?」 「伯符!」 「何かあったのか?」 心配そうな瞳が私を見てくる。 差し延べられた手に私の手を重ねて、そのまま孫策に身を預けた。 「うわっ、ちょ、公瑾?」 「何も聞かず今少しこのままで居させてくれないか」 「……構わねぇけど」 私の背に回された孫策の腕が温かい。 普段は暑苦しいと思っていたそれが心地よく、抱きしめられる感覚が嬉しい。 君は確かに此処に居る。 何百という可能性の中で、私は今君と居る世界を歩んでいるのだ。 「何があったのか知らねぇけど、落ち着いたら理由話せよ?」 くすり、と心の中で笑う。 数多の世界の話をして、君は信じるだろうか。多分、信じることはないだろう。 夢の話か、と呆れたように笑って、臆病だな、と私に口付けるかもしれない。 何だって構わないのだ。 この世界の未来には、君が居るのだから。 数え切れない程夢を語って、途方もない距離を君と駆けよう。 もう若くないのだから、と笑って無謀な事を二人でしてみるのも良いだろう。 私が老いて、君も老いる。そんな当たり前の事が、得難い福音の様に感じる。 君と共に歩みたい。 それは、全ての私の望みなのだ。 ※※※※※※※※※※※ 微妙にひぐらしの圭ちゃん状態。 いやぁまぁ、各シリーズで彼らは何回も天下とったりとれなかったり、死んだり生きてたりするじゃないですか。 勿論、史実の二人の関係が一番好きですが、生きてて幸せそうにしてる二人だって大好きです。 5の周瑜のEDはちょっと無責任だとは思いますが、 あっちこっちで先立たれてるんだからたまにはあれ位の我が儘だってありでしょう! 4とかシナリオやる度に皆して『孫策が死んだ』って言うからいい加減プレイヤー凹むよ! 因みに、周瑜の夢の大体は周瑜のムビ、最後のちょっとだけ陸遜のムビより抜粋です。 ―戻る―