孫堅様が、亡くなった。 戦死は武人の誉れとは言うが、孫堅様は世を去るには早く、人々の期待は大きかった。 死因は黄祖軍の射た流れ矢。勇猛果敢で虎とまで例えられた人間にしては、余りに呆気ない。 敗戦ではない筈なのに、あろうことか孫堅様が亡くなるなど、子供の私は簡単に飲み込む事は出来なかった。 あんなに、逞しくて才を放ってらっしゃった方なのに。 だが、孫堅様はもういない。 孫堅様の死によって、もう一つ身に染みた事がある。 それは、孫堅様の死は直ぐさま孫堅軍の崩壊を示すという事だ。 孫堅様には二人も健康な男児が居る、だというのに孫堅軍は事実上崩壊を始めている。 乱れ始めた世界は、まるで当たり前だと言わんばかりに拭い難い流れを作り上げてゆく。 そして、私の家も……。 [有限を知った時] 「どうしたよ公瑾、溜息なんかついちゃって」 「……」 「察せって?」 こくり、と頷いて机に突っ伏した。 呂範はゆらゆらと揺れる明かりを見ながらため息をつく。 その揺れる影だけを見て、私は手を伸ばしてみる想像をした。 不毛だ。影など掴める筈もない事は、分かっている。 ならばいっそ、私が彼の影になってしまえれば良いのに。 「本当に、好きなんだなぁおまえら」 「好き、とは違う気がする」 好き、ならもっと簡単だったのだろう。 遠くにあっても信じ、再会を祈る、なんて、乱世に有りがちな誓いをたてて心に有り続ける相手を思う事も出来る。 だが、孫策は共にあり続けると決めた相手なのだ。 私が私であるためには、影が影をつくる人から離れぬ様に、孫策から離れてはいけないのだと思う。 実質的な距離ではない、道を同じくすること、それを違えてはいけないのだ。 「……天意に抗う裏切りの様だ」 「惚気なら勘弁してくれよ」 「そう言われるから、話したくなかった」 臥せた体を起こして、呂範に顔を向ける。 あからさまに『心配して損した』と言う顔付きの呂範を睨みつければ、わざとらしく目をつむって首を傾げた。 感情に酔っている所があるのは、私だって理解している。それでも、そう感じてしまうのだから、仕方ない。 大体、そう感じるのが私だけなら整理はつくのだ。私は、世の中に意気がれる程幼くも大人でもない。 どうしようもない事実を分かったふりをして飲み込んで、未来に賭ける位にはずる賢く出来ている。 だが、そうもいかない男が孫策なのだ。 私が孫策に対して感じるのと同じ様に、きっと孫策は私を裏切ると感じている。 私を共に連れて行けぬ自分の不甲斐なさと、自分についてこれない私への憤り。 その感情を、孫策が納得することは簡単ではないだろう。 「周家に文句言ってみたりしたか?」 「していない。無理に決まっている事位、分からない私ではないんだ」 「じゃあ家飛び出すとか」 「それでは、私に価値がなくなるだろう」 「そんなことないぜ?あいつにはおまえって存在が……なんてな、 そんな事が言いたいわけじゃないってこった分かってる。 つまりあれだろ?未来に賭けて、今は諦め敵になろう……ってのが納得出来ないんだろ?」 「敵、は言い過ぎだ」 「いいや、おまえらはそれ位には思ってる」 呂範の言葉に、すぐに反論出来ない私が、そこに居た。 こんなにも口下手だった覚えはないのに。喉につっかえる様に出て来ない言葉と思考が、私を酷く苛々させる。 所在なげにずらした視線はゆらゆら揺れる蝋燭の炎をとらえ、目を回してしまいそうになった。 仕方ない、仕方ないと言いながら、うだうだと悩み続ける私は、本当はどんな結果を求めているのだろう。 一瞬脳裏に浮かんだ結果は、朧げに形を持たずただ消えてゆく。 何処か悍ましいような結果を望んでいる気がして、また思考を修正しようと頭を降る。 呂範の、はぁ、という重い溜息が部屋に満ちて、ぞくりと身震いが体に走った。 「似た者通しだからさ、おまえたち」 「似ていない」 「いや、似てる」 似ていない、似ていない……と思いたい。だって似ていては、 私は孫策にかける言葉を思いつけなくなるではないか。 「俺、喧嘩別れは嫌なんだけどな」 見透かした様な切ない表情の呂範に、どくん、と胸が嫌な音を立てた。 「私だって嫌いだ」 「そうだよな。そうなんだよな」 嫌、だよな。 じわりと湿気が増して、蝋燭がじり、と微かな音を立てた。 その音をきっかけに、耳が痛くなる程の沈黙を感じる。 きん、と耳鳴りがなって、酷く時間が経過したような感覚を覚えた。 頼りにならない思考がまた取り留めもない正論を流し続けていた。 「私は……」 紡ぎ出した言葉が、途中で途切れる。 呂範の顔の奥に孫策の顔を見たのだ。 結局、一度止めた言葉を再び続ける事は出来なかった。 節目がちに私を見つめる呂範の顔を一瞥し、 居心地の悪さに耐えられなくなって逃げる様に部屋を後にする自分が、この上なく虚しく思えた。 (私は、君と……) ※※※※※※※※※※※ 続くかな? 言いたい事、やりたい事と、自分がしている事のギャップをモロにくらった少年時代。 周瑜が大分駄々っ子モードになってる。 良いんです、そっから強くなるんだからこの二人は! 仲良しが断金になったのは、きっと再会の時なんだと私は思う。 ―戻る―