赤々と燃える様が、まるで命そのもののようだった。
穏やかに、されど確かに吹く風は、私の髪を掬い上げて視界を歪める。追い風だ。
こちらから見ても明らかなその炎は、しかし音と様相のみである。
焦げた臭いや熱さは、寸分たりともこちらには届かない。その不思議な均衡が、私の意識をちらつかせる。

(赤い、命、もう届かない、君)

意図せず頭を過ぎったのは、勝利を真っ先に届けたかった君の姿。絶対唯一の存在。


[比翼回帰の調べ]


笑い声が聞こえる。
どこか良く知った声だ。聞く者を明るい気分させ、鬱屈とした空気すら取り去ってしまうような明朗な大声。
そういえばこの間、私は甘寧に『おかしな笑い方すんなぁ、軍師さん』と言われた。
隣に居た凌統が、直ぐさま『口!』と叫んでぱしん、と甘寧の頭を叩くものだから、
その息の取れたやり取りに思わず笑ったら、また甘寧に文句を言われた。
いわく、もっとしっかり笑えば良いとのことだった。穏やか過ぎる、と言う事だろうか。
それならば甘寧は私という人間を測り間違えているのだろう。
私だってがさつに大口を開けて笑う事だってあるのだから。

(あぁ、でも最近は減ったかもしれない)

歳をとると純粋に笑えなくなるんだ、と言いながら不自然なまでに口角を上げれば、
そういうおっかない笑顔はいらねぇ、と目を反らされた。
甘寧の笑い声は、君に似ているかもしれないな、何て不意に思う。
記憶の中の甘寧の笑い声と、今私が聞いている声が被さって……、まて、今聞いている声だと?

「まさ……、応じ…とは思わな…った」
「…本当…、……様らしい…」

少し遠くから、太史慈と呂蒙の声が聞こえてきた。
太史慈?彼はもう亡くなって……いや、それより、そもそも私が寝ている所に、何故人が居るのだ。
私は先程赤壁にて曹操軍を打ち破ったばかり、その側で騒ぐとは些か配慮にかけやしないか。

(いや、違う。何かが、おかしい)

混乱する私は、次の言葉……いや、次の声を聞いた途端、
現状の把握を捨てて(まるで条件反射のように)飛び起きていた。

「俺は強ぇ奴が好きなんだ!」

声。
忘れもしない、君の、声。

「っ、そんさ……!」
「お、周瑜。大丈夫か?」
「大丈夫……?」
「どうした、お前まだ寝ぼけてんのか?」

いや、と否定しようとして口をつぐむ。
目の前には、元気だった頃の孫策がその姿のまま微笑んでいる。私をからかうような、子供っぽい笑み。
誰かが化けているのではない、今私の目の前に居るのは間違いなく孫策だ。
だが、何故?

「寝ぼけ……て、いるのだろうか」
「おいおい、本当に珍しいな」

辺りを見回せば、何と言う事はない、見慣れた城の部屋だった。
側に居たのは太史慈に呂蒙。とくに呂蒙などはとても畏まって堅苦しく見えた。
そうか、これは呂蒙を歓迎する宴。
どうやら宴もたけなわと言うわけか、人は少ない。
何かにつけて宴だ何だと酒盛りをするのは孫家の習わしなのか、酒に強い者以外は既に帰ったと見られる。
その席で私は眠ってしまったという事なのだろう。

(懐かしい、記憶だ)

それは私の感覚から言って、十年以上も昔の話。
それともまさか、赤壁の勝利が夢で……私はこの時から十数年分の鮮明な夢を見て居たとでも言うのだろうか。

(現実味のあり過ぎる夢……)

記憶より若々しく滑らかな自分の手を見て、小さく溜息をついた。
それは安堵である筈だったのに、鼓動はじわじわと激しくなりだして、見えない何かを恐れているように聞こえた。



※※※※※※※※※※※※
また良くありがちな中身だけタイムスリップネタ。
誰か斬新なネタを下さい……orz

とりあえず続きます。



―戻る―