「入るぞ」

どうぞ、の言葉を待つ事もなく、曹丕は襖を開けた。
普通に開ければ無音に等しいはずなのに、襖はガタガタと音をたて、ようやく開いた。

「何度やっても横開きの扉は慣れん」
「押すから開きにくいのだろう。あれはただ横に流すだけで開く」
「しかも閉めたはずなのに反対側が開いていたりするではないか。全く欝陶しい事この上ない」

いかにもけだるそうに、曹丕は長い髪を指で梳いた。
その様子を見て、三成はようやく筆を硯に置き、曹丕の方へ向きなおった。
三成は正座だが、曹丕は胡座をかいている。それも何だか窮屈そうだ。
かの国では床(といっても今は畳だが)にそのまま座る事は少ないらしい。

「勢いよく開いた時の音は中々に気持ち良いのだがな。……まぁ、そんな話をしに来たのでもないだろう?用件は何だ」
「……結局、遠呂智とは何だったのだ」

一度間をあけて、曹丕は口を開いた。
相変わらず人に指図するような高圧的な喋り方だが、問題は中身だ。

「何故、それを俺に聞く。お前の父の側に居た仙人にでも聞けば良い事だろう」

肩透かしを喰らったように、三成は眉を潜めた。その三成の様子に、曹丕までもが似た表情になった。

「女カは何も語らん。貴様、あれほど参戦が遅くて何も調べて居なかったのか!?」
「卑弥呼が遠呂智復活の鍵になる事までは辿り着いたが、それ以上は」
「分からない、か」

ふ、と高飛車な溜息をついて、曹丕は視線を窓に移す。
それは一見本当に人を馬鹿にしているように見えるが、今は純粋な落胆の気持ちの方が大きかった。

「卑弥呼とやらを擁して居れば、更に復活する事もあるまい。それに俺には遠呂智はどこか弱くなっている気がした。
次に復活する事があっても、最初程の驚異にはなるまい」
「その程度、か」
「俺もどこか釈然としない所は残るが

「中途半端に束ねた長い髪、肩には大刀、頬に傷のある壮年の男に見覚えはあるか、三成」

「は?」

思い当たる節は、あった。この世界に来てからと言うもの、安否を心配しない日はなかった男の特徴がそれに合致する。
しかし何故曹丕が今それを言うのだろう。

「私に見覚えがない。なら貴様だろう?今、そこに来て居るぞ」
「なにっ!?」

慌てて曹丕の視線の先の窓に目をやれば、馬に乗って三成の居る城を見上げる一人の男の姿があった。

「左近!」

口にするより速く、三成は部屋を飛び出していた。その勢いに、襖はスパンッと良い音をたてて反対側の壁に打ち付けられる。

「……確かに、良い音がするものだな」




「あぁ、殿じゃありませんか。俺が城を登る手間が省けましたね」

息を乱しながら走って来る主に向かって、左近は声をかけた。

「他に言う事はないのか、左近」

(殿は拗ねてらっしゃる)

内心で余りに分かりやすい主の姿に笑いながら、左近は三成に向かって優しく微笑んだ。

「殿、左近はこたびの戦で更に軍略を学んで参りましたよ。
なんて、まぁ周りがあれを軍略と呼んでくれたのでそうなったまでなんですが」

信玄公が、謙信公が、信長公が、と簡潔に、しかし丁寧に、ここに来るまでのいきさつを語る左近に、三成は訝しんだ。
左近は一体何を伝えたいのだろう。
戦下手の三成に軍略を教えても、意味がない。それに左近の噂位、届いているに決まっている。
今自分が聞きたい言葉はそんなものではないと、左近は知っているはずなのに。

「結局俺が思った事は、意地を張るのは良くない……って事ですかね」
「!?俺がいつ意地を張った!」

本当、分かりやすいお人だ。
左近が言ったのは勿論前に上げた三人の事なのだが、三成は面白い位予想通りの勘違いをしていた。

「殿の事じゃありませんよ。左近の話を聞いてましたか?あの御三方の話です」
「……そうなのか」
「そうです」

また、左近はにこりと三成に笑いかけた。
その笑顔に三成は何も言えなくなってしまう。いや、口を開く事は簡単だろう。
今まで何で戻って来なかった、だとか、文位寄越せ、だとか、本当に言いたい事以外の文句なら、いくらでも話す事が出来る。
それはもはや悪い意味での特技と言って良かった。
しかし、今三成が本当に言いたい事はそれではない。
なら言いたい事を言えば良いのだが、三成には自らそれを言う事が出来ないのだ。

(殿こそ、一番の意地っ張りかもしれませんね)

左近とて、三成を冷やかしに来たわけではない。そろそろからかうのは止めてやる事にした。

「あぁ、俺とした事が、大切な事を言いそびれてましたね。島左近、只今戻りました」
「……御苦労」
「あんまり長い間だったんで、左近は寂しかったですよ」
「ッ、恥ずかしい事を言うな!」

そういった三成の方が真っ赤になって顔を反らした。
会いたかった、とか寂しかった、とか、伝えたい気持ちはごく単純な物で、
しかし矜持の高い三成には自ら言い出す事の出来ない言葉だった。
その様子を左近は青い、と思って見ていたのだが、要するにそれこそが意地っ張りという事だ。

(まぁ、それでこそ殿ですけど)

「殿は寂しくなかったですか?それはまた淋しいですな。俺の一人相撲って事になっちまいますね」
「違っ」
「どの辺が違います?」

こんなやり取りも、久しぶりだ。
人との会話技能に乏しい、我が主。愛しい、我が主。

「俺だって、寂しかった!」

そう言ってから、三成はよく左近はこのような歯の浮く台詞を平然とはけるものだ、と理不尽に顔を歪めた。
その様子に、左近は豪快に笑う。三成はまた怒るだろう。
しかしそれは、こんな会話が成り立つだけの平和の証。
見上げた空は蒼く、風は凪いでいる。
遠呂智のいた頃の黒紫のどんよりとした空は消え去った。
まだ異世界ではあるが、左近の隣には三成が居て、草木は茂って日は高い。
今、この瞬間にこれ以上、何を望むというのだろうか。



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はい、何か問題すりかわってるけど気にしない!尻切れ蜻蛉だけど気にしない!
つか左近さんの最後のアレ、三成だよね?リベンジで政宗とかじゃないよね?



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