「はぁ、こうも暑くちゃやってられないねぇ」

独り言のような慶次ぼやきに、松風は顔を振る事で答える。
少しでも暑さを避けるため山間の日蔭を選んで通って来たが、
半刻前から辺り一面田ばかりの場所に出てしまい、仕方なく日向を進んで来たのだ。
生憎、天気は快晴。
松風に揺られながら空を仰いだ慶次は、太陽の余りの強さにやられ軽く目を覆った。

「松風、ちょいと止まってくれ」

人の言葉が分かるのか、松風は素直に立ち止まり、慶次はすとんと降りた。

「そろそろ辛いだろう」

そう言って松風の頭を撫でる。
松風は従順な馬だから、暑さでくたびれてもそれを慶次に訴えようとはしない。
だが疲れているのは事実で、長年一緒にいる慶次にはそれが分かる。
実際、慶次が降りた途端松風の歩幅は広がっていた。
慶次はそんな松風の様子を見て微笑むと、小走りで松風を抜いて、不意に立ち止まった。

(今、水の音が)

松風の顔を伺うと、しきりに前方に注意を向けて耳を動かしている。
どうやら松風にも聞こえたようだ。

「そこで一休みするか」




一休みまでは更に一刻の時を要した。
自分の異常な耳の良さを、今回ばかりは恨みながら眼下に広がる川を見下ろす。
着物も何もそのままで川へ飛び込めば、久し振りに生きた心地がした。

「うわっ」
「え?」

どうやら川辺にいた人に飛沫がかかったようだ。
武人の中でも極めて優れた戦人の慶次が、平常時であれ、人の気配を感じとれないことは珍しい。
鈍ったか、暑さにやられたか、あれこれ思案しつつも、結局どうでもよくなった。
(腑抜けたんなら、それはそれで死ぬ時なんだろう)
酷く達観した考えだが、自然のままにある事が慶次の望みなのだから仕方ない。

「悪い、そこに居ると知らなかった」
「ごほっ……居ると、知らなかった…だと?」

派手に咳込む男の背に手をあててさすってやる。かなりの量の水を飲み込んでしまったらしい。

(しっかし、何か聞き覚えのある…)

「かはっ、火繩に水がかかったら………け、慶次ぃ!?」
「……孫市、なのかい?」
「へ?」

大事そうに火繩を抱えた男は慶次を見た瞬間、声色を変えた。

(なるほど、気付かなかったのも分かる)

ひたすら気配を消して、絶好の機会を探る。
孫市達鉄砲使い集団の十八番とも言えるそれは、
気を集中させていても気が付かない事があるくらい徹底していた。

(だけど)

少しまのぬけた表情で慶次を見る孫市の顔からは、戦でのそんな様子は伺えない。

(それにしても)

上着を脱いだ孫市の肩には見慣れた薔薇の入れ墨が見える。
声も、顔も、紛れも無く孫市だと言うのに、何故だか慶次は腑に落ちない顔をしていた。

「なのかいって……みりゃわかんだろ。と言うか、お前こんなとこで何してんだ?」

まさか見て尚腑に落ちないとも言えず、どこと無く漂う違和感に頭を悩ませて居ると、
孫市がじゃぶじゃぶと音をたてて川へ入ってきた。
川へ入って、慶次に近付いてきた。

「何だよ、暑さで頭いかれたのか」
「あ、なるほど」
「はぁ?」

眉を潜める顔を掴んで強引に抱き寄せる。
わわわ、と情けない声をあげる孫市の髪を手で束ねていつものような高さに持っていけば、
慶次の感じた違和感はなくなった。

「髪伸びたねぇ」
「痛ってぇな、もう。そりゃ伸びたさ、放っておけば誰でも伸びるだろうよ」
「ははは、違いない」

やっと慶次の顔から笑顔が零れる。
その顔に安心した孫市はつられて軽く笑った。

「いやぁ、何だか違う雰囲気だったもんで」
「髪降ろしただけでかよ」

水に濡れたせいで顔に張り付く髪を払いながら孫市は問う。
心なしか声が高ぶっているのは、久々に会えた嬉しさからなのだろうか。
そうであって欲しい、と慶次は思う。
孫市自身は否定する人懐こい笑顔につられて、慶次も顔を綻ばせた。

(やっぱり孫市は孫市だな)

「降ろしただけなら何度も見たが、そこまで伸びたのは始めて見た」
「俺も欝陶しいとは思ってたんだけど、切るもんもやってくれる人もいねぇし。だから」
「ほったらかし?」
「おう」

肩甲骨付近まで伸びた髪。
真っ直ぐであまり癖のないそれに指を絡ませる。する、と綺麗に指が通った。
何度かやっていると、孫市は気持ち良さそうに軽く目を閉じた。
それがあまりに可愛いものだから、額に唇を落とせば擽ったそうに肩を揺らして微かに微笑んだ。

(これは、反則だね)

慶次は髪をすくのを止め、近くに座れそうな石を捜す。
いきなりきょろきょろし始めた慶次を不信に思った孫市は、眉を潜めながら慶次の肩を叩いた。
本当は頭をこずきたいのだが、いかんせん背丈に差がありすぎて届かないのだ。

「何してんだ慶次」
「ん、座っても痛くなさそうな……あぁ、あれが良い」
「まさかとは思うが…ってうわっ、引っ張るな!」

ばしゃん、また水飛沫があがった。
手頃な石に座った慶次の上に孫市が覆いかぶさる形になったが、
平均よりがたいの良いはずの孫市の体は慶次の片手で支えられ、肩に乗っていた。
悪さをした童が父親に連れていかれる時のようなその恰好から降りようと足をばたつかせても、
ばしゃばしゃと水が跳ねる音がするだけだった。

「俺は嫌だからな」

孫市が出来る限りの低い声で拒絶するも、肝心の相手はまるで聞く耳を持っていない。
慶次は、髪を降ろす事で雰囲気の変わった孫市を堪能するようにその顔をみて笑っている。

「なんで」
「何でって……今昼間だぞ!?しかもいつ人が来るか分からない。ついでに言えば川の中ってのも嫌だ」

行為事態を否定する言葉を吐かないあたり、別段嫌がっていないな、と慶次は認識する。
孫市はいつもどこか抜けていて(それは相手が慶次だからなのかもしれない)、
慶次はそんな孫市が愛しくて堪らなかった。

「こんな暑い日に人なんて来ないさ」
「現に今、人が二人程いるんだが」
「固い事言いなさんな。暑い天気に涼しい水、そんな中でまた熱い事するなんて贅沢じゃないかい?」
「意味わかんねぇっ……うわ、ちょ、馬鹿!」

肩から自分の膝へと孫市を降ろした慶次は、その肩にかかる黒髪の中へ顔を埋めた。
膝に降ろされればまさかその上に正座をするわけにいかず、自然と足を開いて慶次に座る事になる。
ましてや体の大きな慶次の事だから、その上に座るには相当足を開かなければいけなかった。

「ちょ、慶次、この恰好は困る…っ、聞けよ!」

慶次は髪に顔を埋めたまま、肩に唇を落とし続けている。
たまにきつく吸ったり、噛み付いたり、その部分が暑さとは違う熱さを持ちだしていた。
引き返すには今がぎりぎり。
渾身の力で慶次から離れようとした孫市だったが、慶次はいともあっさりとその体を自分の体に縫いとめた。

「あっ……」

慶次の胸と、孫市のそれがあたり、些かはやい鼓動と共に熱を運んできた。
それがまた冷たい水の中での事だったから、何か奇妙な感覚となって孫市に届く。
その感覚に戸惑っているうちに、下履きの前を寛げられていた。

「うわ、だから……や、やだ、止め、触るなっ……熱っ、……ぁんッ」

びくん、孫市の体が跳ねる。
いきなりの反応に慶次は少し驚き、荒い息を吐き出す孫市の顔を見つめた。

「まさか、」
「そうだよ、遊郭にも行けてねぇし、自分でやんの面倒だったし。悪ぃかよ」
「ほぅ、そりゃあ」

にやり、慶次の顔が意地悪く笑った。
孫市はしまったと思ったが、時既に遅し。
数度抜いただけで起立したそれを、慶次は手を緩める事なくきつく扱く。

「畜生っ……ぁあっ、けいじ手ぇ……熱っ……うぁ……、もう無理!」

慶次を罵倒する言葉を散々喚き散らしながら白濁を吐き出す。
しかしそれが水の中だからか、いつものように熱情はすんなり引く事はなく、
欲を吐き出したと言うのにより強い欲情が体に留まっていた。

「っ、ぁ……、だから嫌だったんだ」
「色男が台なしだねぇ」
「はぁ。一応名誉のために言っておくが、行かなかったわけじゃなくて店自体がねぇんだよこのあたり」
「そうかい」

肩で息をする、と言うより肩を震わせながら慶次の頭をこずく。
勢いのない腕を握った慶次はそのままそれを孫市の下肢へと持っていった。

「何する気だ」
「俺の手じゃ熱いんだろ?なら自分でやって貰おうか」
「はぁ!?待て、やだ……馬鹿やめろ、うっ……ぁああっ!」

力の差は歴然で、慶次の手を添えたまま孫市の指は秘部の中へ収まった。
水の助けもあってか、孫市と慶次の指を二本喰わえるのに大した痛みは走らなかった。
痛みの代わりに

「水っ……中にっ、慶次……手ぇ、抜け!」

広げられた秘部から水が入ってきた。
先程胸をぶつけた時のような、それより何倍も強い未経験の感覚が体を取り巻く。
始めてというのはどうにも扱い難い。体を揺らしても水がなくなる事はないし、
指を抜こうとしても慶次がそれを許さない。

「っ、何か……苦しい、頼むから抜いてくれ」
「……のわりには体は反応してるけどねぇ?」
「え?」

慶次の視線につられて孫市は自分の自身に目をやる。
それは先程精を吐き出したのにも関わらず、しっかり反応していた。

「嘘だろ?」

すす、と慶次の顔が孫市の耳元に寄る。視線だけでそれを追えば、体に響くような低い声でこう言った。

「本当は、気持ち良いんじゃないのかい?」


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