夢を語ったあの日の空。 夢が叶ったあの日の空。 あいつが死んだあの日の空。 すべてが青く澄み渡っていた。 清々しい奴。 俺の友。 秀吉が死して後、諸大名達は各々次の天下を目指して争いを始めた。 おかげで秀吉の創りあげた“皆が笑って暮らせる世”は崩れ去り、世は乱世に戻っていた。 俺は秀吉の世を取り戻すべくあいつの家臣達の側につき、もう二度と使う気のなかった火縄を手にしている。 「若!若太夫!」 「え?」 揺すられて朦朧とした視界の中、徐々に覚醒する。 俺、寝てた? 「え、じゃないですよ。いい加減起きて下さい。軍議に間に合いません」 「あー…分かった分かった」 本当に分かってますか? と流し目で俺を見てくるのは蛍。雑賀衆の生き残り。 「俺があいつらとそりが会わねぇの知ってるだろ?」 総大将の三成とか、あいつと仲良くしてる真田の倅とか上杉の小姓とか。 「だからってさぼるのは許しませんよ」 「分かってるって」 そう言いながらも欠伸を一つかみ締める。 「分かってるならいい加減その寒そうな格好をどうにかして下さい。後髪も。」 「…ん?あ、あぁやるよ」 着流し一枚、しかも寝てたせいで着崩しが激しい。 片方は肩から落ちてしまって薔薇の刺青が誇張されている。 序でに髪は高く結ったそのまま寝るので、崩れてぼさぼさだ。 「自分より年上なのが信じられません」 「あんま馬鹿にするなよ」 はいはい、と適当に流しながら蛍は孫市の背を押して軍議に向かわせた。 そうやって蛍に押し出されて軍議に向かうが、どうも足が進まない。 志を同じくしているはずの仲間なのに、どうも彼らとは……駄目だ。 “俺がしっかりしないといけないのに” 残り少ない雑賀衆を守れるのは俺しかいない。 それなのに俺が童の様にだだをこねていては頑張ってる皆に失礼だ。 「よし」 自分の頬を叩いて気合いをいれる。 紅葉が目の前を霞めていった。 “秋も終わるなぁ…” 散り逝く紅葉に励まされて俺は赤白の幕へと走り出す。 中へ入ると、それなりに有名な武士達がまばらに立って、話し合っていた。 よし、間に合ったな。 「皆、聞いてくれ」 一番向こう側で小柄な男が声を張り上げる。 肩口まで伸びた薄茶の髪はさらさらと流れて、肌は白く…下手すると女に見えるのが総大将の石田三成だ。 手慣れた手付きで扇を取り出し、中央に置かれた地図を指す。 「次の戦はだ、この調子で進めば…」 三成の声と手が絶え間なく動いて戦略を示して行く。 杭瀬川…か。 西軍は味方の数がいまいちだ。だからこの戦い、有名武将は全員助けぬかないと駄目だな。 必死に説明しているためか、前屈みになる事で髪が前に垂れ、細い首が露わになる。 周りからの好奇の目を三成は気付いているのだろうか。 「…と、言う事だが何かあるか」 そう言って顔をあげる三成と目があった。 くすり。零れる含み笑い。 “あいつ…分かってやってやがる” 周りを見渡せど、誰も三成の行動がわざとだと言う事に気付いてはいないようだ。 そもそも、武田信玄の元で軍略を学んだ島左近がたてた作戦に誰が反対しようか。 「左近」 「何ですか」 びくり、と一度身動ぎしてから答える。 “なるほどね、三成の狙いは左近なわけか” 「地図を片付けておいてくれ」 「わかりましたよ」 歩き去る左近を見送った後、視線を戻してまた三成と目が合った。 「ちょっと良いか…、孫市」 「別に構わないが」 名前忘れてたなこいつ。 ―次へ― ―戻る―