実った柿、散る紅葉。
楽しそうに駆ける子供が見える。

あれは…俺だ。

玩具の銃を持って意気揚々と野道を走っている。


かさり、かさり。


わざと音のなりそうな落ち葉を選んで踏むな。
あぁ、これは…そう、懐かしい。
雑賀の里の記憶だ。
平和だった頃の里の記憶。


“若?”


誰かが呼んでる。
蛍?但中?下針?鶴首?


“若っ”


それとも弟達がふざけて呼んでるのか?

あれ、おかしいな。

なんで俺は返事をしないんだ?




「若太夫!」
「あ…」


瞳をがば、と開く。
そうだ、今の俺はあんな幼くない。
そして弟や父、沢山の家臣も皆死んで…。


「大丈夫…ですか?」
「あ、腹?大丈夫だ」


視界に蛍の顔を捕らえて安堵の息をもらす。


「じゃなくて、目」
「目?」


蛍に銃剣を渡されるので刀身に顔を映す。


「兎みたいに真っ赤ですよ」
「…だな」


里への懐かしさからだろうか。


「夢、見てたんだ」
「…夢ですか」
「昔の夢だよ。俺が5つくらいの時の……里の夢。皆、生きてた」


あれは誘惑だったんだろうか。
死んだらまたあそこへ帰れる、みたいなそんな誘惑。


「…若?」
「俺は屈しない」


もう二度と。
平気平気、と蛍に微笑んで見せる。


「あ、それと、若、ありがとうございました」
「何が?」
「忠勝の顔を吹っ飛ばしたの、若でしょう?」


あれ、違ったかな。と首を傾げる。


「うん、俺。…って礼を言われる程の事はしてな……あ。」
「どうしました?」
「蛍さ、前田慶次って知ってる?」


こう、背が高くて髪が金で…と、身振り手振りを交えて説明する。


「若、知らなかったんですか?相当な有名人ですよ」
「そう…なんだ」


ついでに名は知らなくとも容姿くらいは何度も見たでしょう、と怒られた。
ま、確かに目立つ容姿ではあるな。

それからと言うもの、助けてくれたお礼を言いたくて、
でもなかなか頃合がつかめなくて、何となく慶次を観察する癖がついてしまった。
観察していれば、その人の事が良く分かる。
慶次はとにかく真っ直ぐで、豪快な奴だった。
頼れる兄貴分として人からあてにされている様で、真田の倅なんかは“慶次殿”と犬みたいに付き纏っていた。

それがある日、上杉の小姓ーー直江、と言うらしいーー
と話している慶次を何気なく見ていたら、偶然目があった。
すぐさま逸らしたが、慶次はつかつかと俺に向かって歩いてくる。


“…やば、俺何かした?”


心拍数が軽くあがる。
蛇に睨まれた蛙…ならぬ虎に睨まれた烏だなこりゃ。


「ちょっと良いかい?」
「おぅ」


本当、俺何か怒らす事したっけ!?

呼び出された先はつい先日三成と話した所と似ていた。
大きな紅葉の木の下。
ただもう紅葉は散って、寒々しい枝だけが凛と伸びている。
紅葉の下で説教するのが今の流行りなのかよ。
そんな流行り、聞いた事ねぇ。


「……」


いざ何を言われるのかと身構えども、俺の顔を見たきり慶次は微動だにしない。
いきなり鉄拳制裁とかはごめんだからな。
と言うより、俺は何で呼び出されてるんですか!?


「悪いんだけど」
「何?」


やっと、慶次が口を開いた。


「あんたの名前、教えてもらっても良いかい?」
「はぁ?し…知らなかったのかよ」


悪いねぇ、と照れ笑いで首を傾げると金の髪が揺れた。
本当に眩しいくらいの金だ。


「雑賀孫市。雑賀衆の頭やって……雑賀衆知らないって事はねぇよな?」


それはさすがに怒るぜ、俺。


「それ位は知ってらぁ。そうかい、あんたがあの雑賀衆のねぇ」


一人ごちて腕を組む。
声、体付き、そして性格、全てが逞しい。


「それで?名前もしらない俺に何の用だ?」
「うーん、何の用だ、はこっちの台詞なんだがねぇ」
「はぁ?」


俺は呼んでない。
大丈夫かこいつ。


「最近あんた良く俺の事見てただろ、気になるんだ」
「あ」


な…なるほど。
俺は慶次が変な誤解をせぬうちにさっさと前の戦での礼を述べた。
やはりと言うか何と言うか、慶次はさっぱり覚えていなかったが…まぁ良い。


「って事だ。悪かったな、じろじろ見て」
「本当にそれだけかい?」


また首を傾げる。
癖なのかそれ。可愛くないぞ。


「それ以外にも何かあるように思えるか?」


女ならまだしも男に、他の理由で見つめる様な癖は俺にはない。断じて。

「ははっ、そう言う意味じゃあないさ。
そうじゃなくてねぇ…あんたの視線、痛いんだよ」
「痛い?」
「ま、張本人に分からないなら俺に分かるはずないんだね」


ただ、と声が一段と低くなる。


「俺は惚れた御仁についていくのが性分だからねぇ
…もし兼続たちの邪魔をするつもりなら」


ぎろりと、虎がかまえた。



「俺が殺す」



動けない。

先程まではなかった強い威圧感。
別に邪魔をする気など微塵もなかったのだが、本能的にそう感じた。
去り行く姿はまさに虎、こいつ…前田慶次、とんだ獣だ。

そういえば、俺と話した輩はなんでまた俺を置いてすたすた去っちまうんだか。
また薄暗い野道で一人寂しく帰路につく。


“完璧に先方の勘違いだよなぁ”


俺、そんな目付き厳しくねぇし。しかも痛いってまた抽象的な。

睨まれたせいか知らないが、慶次の顔が離れない。
瞼の裏に焼き付いた虎。


“…あぁ、なんか胸糞悪くなって来た…忘れよ”


「わぁ、かぁ!」
「わあっ!」


突然のお呼び出しに体が跳ね上がる。
暗い所でいきなり話しかけるのやめようよ。


「どこ行ったのかと思えば!また良く分からないとこほっつき歩いて」
「いや、これは呼び出さ…
「言い訳は後で聞きますからさっさと軍議、出て下さい。またさぼる気ですか!?」


軍議って…おい、慶次も出るじゃねぇか!
さては分かってほったらかしにしやがったな…ふざけた野郎だ。


「若、走る!」


蛍の怒声を背に浴びながら、痛い視線ってこんな感じかなぁ…なんて思ったりした。

…違うか。





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