ぎりぎり…間に合ったかな。
童みたいに全力疾走して陣に駆け込む俺を笑う声が少なからず聞こえるが、俺に直接何も言わないなら無視しよう。


「お前はいつもぎりぎりだな」


無視してやろうと思った矢先に。


「うるせぇ、間に合えば良いだろ…さっさと始めやがれ。」


何をそんな噛み付く事があろうか、とあの澄ました顔でせせら笑う。
軍議は滞りなくすみ、またもやただ三成の話を聞くだけの会議になっていた。


“…ん?隠密?”


三成の元に隠密が走りよる。
何かやばい事でもあったのか?


「兵糧庫が襲撃されました」
「何者にだ!?」


三成が叫び、武将は皆隠密を見る。
兵糧庫が襲撃…戦の準備をするのには痛手になる。


「見張りの話しでは…ただの山賊かと」
「見張りをここに呼べ!」


はい、只今と言って隠密は去った。
三成の顔が怒りに歪んでいる。
すると間も無くして二人の兵が入って来た。


“あ…”


「お前ら、見張りはただいるだけでは意味がないのだぞ」
「すいませんっ」


地面に頭をすって削れるのではないかと思う程の姿勢で謝罪を示す。


「まったく…お前らの仕え主の顔が見たい。お前らと同じでさぞ無能なのだろうな」


切れた。
馬鹿にするのもいい加減にしろ。


「聞き捨てならねぇな。誰が…無能だって!?」


くるりと三成の体が俺へと振り向く。
同時に見張りの二人が顔をあげれば


「若!?」「若様!」


二人して俺に気付いたみたいだ。
そう、見張りの二人は俺の家臣達。


「ふっ、お前の臣下だったのか」
「そうだ。前言撤回しろ、俺達は無能じゃねぇ」
「どうかな」


三成の回答に自然と口元が引きつる。
それは半月状に歪んで今にも裂けていきそうだ。


「……じゃあ、見せてやる。雑賀衆の銃の腕、しかとその目に焼き付けやがれ!」








陣は、近くにあった寺に張らせてもらっている。
銃の腕を披露すると言って三成達を連れて来たのはその境内。


「何をする気だ」
「まぁ見てろって」


十人と少しの雑賀衆が境内の下に集まって銃を構えている。
その様子を軽く眺めながらばさばさと厚い上着を脱いで上半身裸になる。
さすがに寒い。


「はい、若」
「ん」


受け取ったのは朱い陣羽織。長袖の。
それと、同じ色の布も。
三成やその場にいた武将達は何が起こるのかと首を傾げている。
陣羽織を羽織って準備完了。


「舞楽。…雑賀衆特製の、な」


勢い良く境内から雑賀衆の皆に向かって飛び出す。
すると銃声。

だあぁん

俺に向かって放たれた銃弾は、俺を霞める事はない。
俺が空中で手放した朱い布だけをつらぬいたのだ。
しかもその布にあいた穴はただ一つ。
僅かながらに少しずつずらして放たれた銃弾が、順に同じ軌道を描いて布を絡めとる。
仕上げに着地した俺が布も見ずに真上に銃を放てば、

だぁぁん

ひらりひらりと舞い落ちてきた布が銃弾の勢いでまた高く浮かび上がった。
もちろん、布には中央に一つ穴があいただけ。


“まだ、始まったばかりだぜ?”


先程までのざわざわした雰囲気は何処へやら、場は水をうったようにしんとしている。
銃の音がまた響き渡った。

だぁぁん

十人と少しの雑賀衆はぐるりと俺を囲む。
その中で俺は、舞う。


太鼓も笛もいらない、銃があるから。


容赦なく俺に向かってくる銃弾をひらりと交わし、わざわざ長くしてある陣羽織の袖にさえ弾は霞めない。
卓越した銃の腕があってこその芸当である。

くるりと舞う姿は八重桜。
蘭陵王の一人舞台。

今、懐から取り出した軍扇を開けば皆の目に写るは美しく咲き誇る桜か。

春爛漫、天下泰平。
そんな願いを込めて俺は舞う。

だぁぁん

銃弾が止み、俺が厳かに軍扇を閉じてお辞儀をすれば
足元にあの朱い布が静かに舞い降りた。
俺は舞う間、落ちそうになる度に銃弾でそれを舞い上げていたのだ。


「花散りて名残惜しかり春の夢…ってか?おい、見てたか三成!」


くい、と顔を上げて満足気に顔を綻ばせる。


「み…見ていたが」
「が、何だ。銃は殺すためだけにあるんじゃねぇんだぜ?良いじゃないか、粋だろ?」


銃で舞う、なんて。
まぁこんな芸当を出来るのは、雑賀衆くらいだろうけどな。
一歩間違えれば蜂の巣も良い所だ。


「今回の件は三成が大人気なかったんじゃないか?
まぁ…見張りを果たせなかったのは悪いが、それで雑賀衆全体を馬鹿にする必要は微塵もねぇぜ」


三成が何かを言おうとして口澱む。


「殿、今回の件、左近も殿らしくないと思いますよ。
…疲れてらっしゃるんじゃないですか?」


すると三成は片手で目頭を押さえて俯いた。


「…殿?」
「そう…かもしれんな。悪かった孫市」
「ん…あぁ。分かってもらえれば良いさ」


へら、と笑いかけてやれば目を押さえた手の下で三成が薄く笑った。
んー…まさかまた、わざとじゃないよなぁ?


「殿、お疲れなら今日はもうお休み下さい」
「…左近、頼む…少し眩暈がする」


仕方ありませんね、と肩を貸す左近の隙間から、今度ははっきりと笑みが見て取れた。


“やっぱりわざとだ”


とんでもない野郎。
慌てて目を逸らすと、今度は慶次と目があった。
少し考えてから軽く会釈するとまたあの獣の瞳で睨んで来た。
あぁ、もう、どいつもこいつも何なんだよまったく。



後片付けをして蛍の元に戻った頃には月も傾ききって危うく沈みそうだった。


“…十ってとこか”


また中途半端な月。
満月と呼ぶには何処か不格好なそれ。
しかし半月かと言われればぷくりと出た部分の言い訳がたたない。


“金かぁ”


慶次の色だ、と思った。
金閣寺の様な何処をとってもただ金が敷き詰めてある単調さではなく、たまに陰りのあるその未知な感じが似ている。
金閣寺の金も好きだが、月の方が良いと思った。


“じゃなくて”


慶次だ、慶次。

あいつは何様のつもりなんだ。
人が会釈したら会釈しかえすのが常識というものだろう。
無視なら腹立つくらいですむが
…あろうことか睨んでくるとは怒りを通り越して呆れて来る。

いや。

怒りと共に呆れが沸く…の方が正しいか。

しかもさらに最悪な事に、明日の戦はあいつと同じ隊で行動しなければいけないときた。
手が滑って頭ぶち抜きそうだぜ。


“…逆に、良い機会かもしれない”


そうだ。
今日俺を睨んだ理由、聞かせてもらえば良いんだ。
たとえそれが理不尽でも理解さえ出来れば少しはこの胸のむかつきも取れるだろう。

この胸のむかつき、睨まれた事で色濃く残って消えない。
腹立たしい限りだ。





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