完璧に不機嫌になった俺は、
全体に向けて三成が何か言うのを話半分に聞いてずっと蛍に愚痴を零し続けていた。

普通、昨日の今日で人の名前を忘れるか?

しかも目があってない…本当に俺の勘違いなのか?

色々と蟠りが残る。
何より一番問題なのは、それだけ腹が立っている慶次の事を



何故無視が出来ないのか



という事だ。
獣に魅せられた獲物のごとく、少しずつ引き寄せられている。


“そのうち襲われて餌にでもされんのかよ”


まぁさすがに人を食べるとは思わないが。


「若…集中して下さいよ?まるで上の空にしか見えませんが」
「馬鹿言え、やる時はやるんだ、俺は」


思考を一旦停止。
今から戦だ、変な事を考えていては差し支えが出る。
それは絶対にいけない、戦での過信は確実に命取りになるから。

だから俺も戦場では人を狩る烏になる。
八咫烏の家紋に誓って、戦場を飛び交う猛者になるのだ。


「蛍」
「…何ですか?」
「狩るぜ」


はい、と神妙に、でも少し楽しそうに蛍が頷く。
目的を失ってなどいない。
視界を曇らせてなどいない。
全ては泰平の世のため、俺は一度戦場で修羅となる。

馬の腹を蹴って一気に加速。
構えた火縄を続け様に三発撃てば、全弾命中で敵は怯み出す。
そこを松風に乗った慶次が豪快に蹴散らせば、その場の敵はほぼ掃討されたも同然だ。
金の髪を振り乱して戦う姿は、皆が軍神と崇めるのも納得する勇ましさ。


「慶次様がいると心強いですね」
「……」


くすり、と笑みが零れる。


「若だってもちろんお強いのは重々承知ですよ。
だから同じ様に慶次様も…



だぁぁん



え?


今の銃声は何処から?


何故俺に生暖かい液体がかかる?


…蛍?



「…蛍」
「若ぁ…どいてぇっ!」



言われた通りに体をずらせばまた銃声。


だぁぁん


奥の茂みからぐあっ、と言う声が聞こえて反応が消えた。
そんな事より、蛍が。


「おい、蛍!?」
「若ぁ…」


ずるり、と気持ちの悪い音と共に蛍の体が馬からずり落ちる。
俺も後に続き、倒れた体を抱き起こすと染めぬいた様な朱が蛍を蹂躙して、
俺まで伝って…

いやだ、いやだ いやだ いやだ!


「止血する、何処だ!」


蛍の服を力一杯引き契る。
そこにあったのは残酷な印。


「若…なら、分かります…よ、ね?」


分かる。
分かりたくなどないが分かってしまう。

もう…助からない。

銃弾は蛍の左胸を正確に捕らえていて、そこからは泉の様に血が溢れている。
命の源の様なその液体は、逆に命を奪っていく。


“…冷たく…なってきた”


何も出来ない自分がもどかしい。
何か、何か言わねば。
蛍に最後の言葉を。


「泰平の世、見たかった…な」
「作る!」


頭が指令するより早く、言葉が出ていた。
そしてそれは言葉になってから俺を確信づける。


「必ず」
「はは…お願い…します…、若」


ことん、と蛍の体が軽くなった。
人は死ぬ前と死んだ後で体重が僅かに変わると、何処かで聞いた事がある。
それは魂の分だ、とか命の分だとか言うらしいが
…それが本当なのだと静かに理解した。

俺は宗教などに興味はない。

だから魂や命などと言う曖昧なものはあまり信じない…だが、
さっきまでの蛍にあって今俺の腕にある蛍にないものを強引に言葉にするとそんなものなのだろう。
蛍の体を静かに寝かせて立ち上がる。
人の気配に振り返れば


「おい、そっちは…」


慶次か。

どうやら近くに敵の気配を感じないあたり、周りの敵を一掃してきたのだろうが…とことん間の悪い奴だ。
でも構わない、と言うより制御出来ない。

慶次と目があったまま一筋の涙が頬を伝った。

声もなく、ただ一番近くで支え続けてもらったものへの弔いの涙を流す。
後から後から流れてきて、塞き止める事は誰にも出来はしなかった。
視線を蛍に戻す。


「…蛍」


俺は始終お前に頼ってばかりだったな。


「俺は」


一番近くで壊れそうになる俺をいつも支えてくれた。


「乱世を」


ありがとう。

感謝してもし尽くせない。
でも、もう人の死に囚われたりはしない。
同じ過ちは犯さない。
それは君が教えてくれた。


「必ず終わらせてやる」


過去をみるのと囚われるのは違う事。
俺は、前に進む。


誓いの言葉、届いたかな?


ありがとう蛍。
俺は君を忘れない。
でも、やっぱりさよならだ。
俺はまだ死ねないから。
お前さんとの約束を果たすから。





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