一通り俺の中で区切りがついて、無視しっぱなしだった慶次に視線を戻す。 「何だよ、おかしいか?大の男が泣いてるのが」 涙は拭かない。 なんだか死者への冒涜するみたいに感じたから。 「逆だね。」 「…逆?」 意味が、分からない。 「綺麗だよあんた。」 「はぁ。」 「正直、惚れたね」 波打つ鼓動が跳ね上がる。 そう言う意味じゃない、彼はそう言う意味で言ったんじゃない。 分かっていても止まらない…顔は、赤くなってはいないだろうか。 「それは…光栄だ…な」 お願いだから何も言うな。 言わずに去れ。 さもなくば取り返しのつかない事になる。 「そうかい?」 にっこりと虎が笑った。 真っ直ぐに俺の目を見て。 駄目だ、 落ちた。 先に行く、と言って去りゆく慶次の背を見ながら自覚する。 己の異常な執着で薄々とは勘づいていたが、信じたくなかった。 信じない様に自分に言い訳をして歯止めをかけていたのに。 俺が…男に、しかもあんな雄々しい虎に惚れるだなんて。 「何考えてんだ俺は」 そう。 例え自覚しても相手は男。 一人舞い上がっても相手はまったくそのつもりはないようだから…どうしようもない。 先程まで戦だったのが嘘のように物音一つしない中、一人寝床を広げる。 結局戦は平行線で、互いに逃げ切るのが精一杯と言った感じだった。 怪我で遅れた本多忠勝と稲姫の軍のせいで東軍の統制が取れなかったらしい。 “怪我って…前の戦の時のアレだよなぁ” やっぱり生きてたか…と少し落ち込む。 あの時、半蔵さえ来ていなかったら仕留められたのに。 今度は絶対逃さない。 「おい、寝るから灯を消……」 くるりと振り返って伸ばした手は、虚しく虚空をつかむ。 「あ…」 誰もいない。 急に蛍の顔が脳裏に蘇った。 「…ほ…っ、駄目だ」 名を呼んではいけない。 悲しんで名を呼べば、またきっと囚われる。 昨日までの日常…つまり過去に。 何よりも残酷なそれ。 でも、心にしまうには彼の存在はあまりにも身近過ぎた。 “……っ” 名を叫びたい。 叫んで孤独を紛らわせたい。 “そうか…俺、今度こそ” 急に頭の中だけが冴えて、漠然としていた今の自分を自覚した。 “本当にひとりぼっちだ” 迫り来る嗚咽を、必死に噛み締める。 急に広くもない部屋が怖くなってだん、と床を叩いた。 呼んではいけない。 でもやっぱり叫びたい。 何か意味のある…名前を。 俺の心を落ち着かせてくれ、誰でも良いから。 「…ぃ…じっ、慶次!」 思わず、だった。 嫌われているのは分かっていたけれど、今の俺には一番近しい人物と言えたから。 “はは、寂しいなぁ俺…” 嫌われている奴が一番近しいだなんて。 “慶次…” 果たされぬ思いなのは分かってる。 これ以上進む気はないさ。 その日はそのまま、死んだ様に眠りについた。 後から知った事だが、俺が寝てすぐに雨が降ったらしい。 まるで俺の心中を表したような、 大粒の雨が。 ―次へ― ―戻る―