それからと言うもの、慶次とは顔を合わせない様に細心の注意をはらってきた。 会ってもどうせまた慶次は俺を忘れてるだろうが、俺がいたたまれない気持ちになるので。 もう、忘れよう。 慶次以外にも男はいるさ…って間違えた。女はいるさ、だ。 “本当に…なんで男なんか” もしこれが女なら、一応天下無双の色男を自称する俺だから、何とでも口説きかかれるのに。 “きっと、慶次しかいないからだ” だから、男なんかに心移りしてしまうんだ。 早く良い女を見つけて慶次の事は忘れよう。 しかし、避けると言うのは実は一番注意を向ける行為である。 始終目を配らせていなければいけないから、嫌でも相手の姿が目に入るのだ。 さらさらしてそうな獅子の髪。 “触れてみたい” 強い獣の瞳に朱の傾奇化粧。 “もっと近くでみたい” 雄々しく、聞き惚れるような声。 “俺の名を呼んで欲しい” そこでいつも気付く。 “ぁあっ、もう、逆循環じゃないか…” 逆に惚れこんでいく自分を止めようもない。 あぁ、もういっそ言って振られてしまおうか。 そうすれば始終見るのはやめられそうだ。 しかしまだどこかで期待しているのか、そこまで言う勇気もない。 「あー、もうっ!」 「もう…どうしたんだい?」 「うわぁぁ!」 きょとん、と俺の頭に手を置いた慶次が顔を覗き込んでくるので慌てて目を逸らす。 なんで気配もなく近付いてくるの!? 「叫ばれる覚えはないんだが」 「急に近付いたら普通驚くだろ!」 そうかねぇ、と言って少し横を向くのでちらりと盗み見れば目尻に施された朱がはっきりと見えた。 あの目でもっと見られた…じゃなくて。 「で、用がないなら俺行くぜ?」 「あるある。あんた短気だから率直に言うぜ?」 短気、なのか? 仕方なくその場に止どまって慶次を見返した。 慶次は長身の俺より頭一つ高いので、知らず首をあげて見なければいけないのが癪に障る。 俺を見て一度目を細めてからこう言った。 「あんた最近俺を避けてるだろ」 やっぱりバレてた。 さすがに図星です、とは言えない。 口ごもる俺が不満だったのか、慶次が俺の肩を掴んで顔を近付けて睨んできた。 「ぁあ…だからその…」 思考能力なんて、ない。 手のあてられた肩から、近付いた顔から、彼の肩から落ちる髪が触れた俺の腕から、じくりと熱が発生する。 一遍に与えられた熱に対処しきれず、吐息が漏れた。 「理由はあるんだろ?何もないのにわざわざ避けるなんて意味ないからねぇ」 「理由は…」 お前さんが好きだから…だよ。 不意に切なくなって慶次を見つめ返す。 こんなに近くにいるのに、気持ちの一つも伝わらない。 やっぱり…無理なんだ。 「顔赤いぜ?」 頬に触れようとした手を薙払う。 そう言う気持ちがないなら、もう俺に触れるな。 俺を弄ぶな。 …勝手なのは分かってるさ。 「…何だ?」 ああ、怒ってる。 丁度良い、そのまま俺の淡い期待をずたずたに引き裂いてくれ。 「理由はな、慶次。お前さんにそう言う意味で惚れてるから…だ」 「え…?」 何だそのまったく予想だにしてなかったって顔は。 もう充分だ、はっきりした。 「じゃあな」 絶望をありがとう。 叫ぶ言葉も見当たらないまま、俺はその場を後にした。 全てがうまく行かないと、口から自然と出てくるのは笑い声なようだ。 「はは」 渇いた笑いは体を蝕んで壊していく。 「ははははっ!」 狂った様に笑い、やがて地べたに座り込んだ。 でも、良かった。 悩みはなくなったから、もう約束だけを追い求められる。 「待っててな、今泰平の世、見せてやる!」 叫んで仰いだ空は取り繕ったような蒼さだった。 ―次へ― ―戻る―