前の戦から幾日たっただろうか。
雌雄を決す戦と言われた関ヶ原の戦いは無事西軍の勝利で、たった今幕を閉じた。

いつの間にか季節は春になっていた。

俺は口数が減ったように思う。
前は口が減らない奴だなどと言われていた俺も、喋る相手がいなければ自然と口数も減るものだ。
しかしそれでも話しかけられれば前の様に陽気に返事を返す。
それ故か、周りからは勝手に孤高の印象がついてしまった様だ。
里にいた頃の俺を知る雑賀衆が全滅したのも、俺への印象付け引き金になった気がする。


“孤高かぁ”


俺に一番似合わない言葉。


「皆の者!」


心なしか興奮した三成の声が斜め前で弾けた。
大勢の民を前に高らかと宣言をする。


「今ここに戦国は終わる」


義の世だとか、大一大万大吉だとか、
俺にはどうでも良い事を民に向かって叫ぶ三成の顔は、始めて見る清々しい笑顔だった。


“なんだ、あんな顔出来るんだな”


皆、顔が晴れ晴れとしている。
それもそうか、泰平の世が訪れるのだから。


「どうした、浮かない顔をしているな」
「そんな事ないぜ?おめでとう、三成」


心配してくれる三成ってのも何か気持ち悪い。
さらに気持ち悪い事に、真っ先に左近に向かうと思われた足は直江や真田の倅の方を向いてなかなかそっちへは行かない。


“また何か企んでるのか?”


全員を周り終えて、やっと左近を見て微笑んだ。
近寄ろうとした瞬間、二人の間に一般兵が駆け込んで三成を囲む。


「殿、おめでとうございます」「殿!」「殿様」


“あ。分かった”


手の込んだ作戦だな。
わざわざ一般兵が三成を殿と呼ぶ所を見せて左近の嫉妬心を呼び起こすつもりみたいだ。


“まぁ、それも駆け引きか”


なんだかんだで仲睦まじい二人を尻目に俺は陣を去った。




俺の目的も晴れて達成された。
しかし、この後どうすれば良いのか。
目的を達した後の纏わりつく虚無の恐ろしさを思いだして足が竦む。
いや、前から気付いてはいた事だ。


“そろそろ、良いだろう?”


俺はもう、疲れたよ。
でもしっかりやり遂げた。約束は果たした。
だから。




“そっちに逝っても良いだろ?”



今から逝くよ。
そしたら仲間に入れてくれないか?

世話になった火縄を愛しげに見つめて、銃口を自分に向ける。


「秀吉、蛍…」


過去に囚われないと決めたあの日から、決して口にしなかった二人の名前。
でも、もう俺はあっちの仲間になるから、呼んでも良いだろう?


「秀吉、蛍、雑賀衆の皆…会いたかった。ずっと…会いたかった」


一人はやっぱり寂しかったよ。
どうしようもないくらい。

引き金に手をかけて、指に力をいれた瞬間。


がんっ


飛んで来た何かに銃を弾かれた。
見れば覚えのある武器だった。
名を豪気皆朱槍と言う…要するに慶次の使う馬鹿でかい矛だ。


「…何、しやがる!」
「そっちこそ何やってんだい?」


お互いの視線が温度を持って二人の間を葛藤する。
先に折れたのは慶次だった。


「死ぬ気、だったのかい?」
「悪いか?」


お前さんに俺の生き様を決められる筋合いなんてないぜ。


「悪いとは思わないけど…」
「だろ?じゃあどっか行ってくれ、邪魔だ」


邪魔だと言いながらも慶次が止めに来た事が、嬉しかった。矛盾してるぜ。
とうの昔に割り切ったはずだったのに。


「…でも、まだあんたには死んでもらっちゃ困るねぇ」


言うや否や、顎を掴まれていきなりの口付け。


「な…何のつもりだ!」
「…嫌なのかい?」


反応に困る。


「だって、慶次、お前さんは…」
「俺はあの時に返事したか?」
「…」


そりゃあしてないけど、嫌われてると思ってたし。


「あんた、独り合点で逃げたじゃないか」
「じゃあなんで!なんで今更!」


俺がどれだけ頑張ってお前の事を考えないようにしたと思ってるんだ。


「態度で分かってるもんだと思ってたし、
天下泰平した今言う方が…粋だと思ったんだ」


悪かった、だからそんな顔しないでくれ、と俺を抱き留めてくれた。


「………だ」
「ん?」
「人のぬくもりだ」


久々なのかい?と聞かれて頷く。反応が単調すぎてなんか馬鹿みたいだ、俺。


「生きた人に障ったのは久しぶりだ」
「そうかい」


あぁ、暖かい。
慶次の笑顔が俺に満ちてくる。


「慶次」
「ん?」
「いつから?」


俺が気になったの。


「舞を踊った頃からだねぇ」
「あれ、あの時目が合ってないって…」


それに自意識過剰だとか酷い事言ってくれたじゃないか。


「実際目は合ってなかったはずなんだがねぇ。だからそのまま言ったまでさ」
「嫌われたと思った」


とことんすれ違いだったな、と言って頭を撫でられる。


「孫市、俺と約束してくれるかい?」
「何をだよ」
「死なないって。少なくとも自主的には」


まさかそこまで追い詰められてたなんて思わなかった。
これからはそんな思いさせないから、との交換条件付きで。


「死なないよ」


俺は約束は守るたちなんでね。
不敵に笑ってみせると慶次は嬉しそうに俺の首筋に舌を這わせた。


「後もう一つ」
「今度は何だ?約束は一人一つまでで頼むぜ?」


そうじゃない、と言ってからきつく抱き締められた。


「孫市、泣け」


「あんたは色んなもん一人で背負いすぎた。こうしてれば見えないから。」


そう言う慶次の声は少しの罪悪感と優しさで出来ていた。
慶次なりに俺を惑わしていた事を悪いと思ったのだろうか。
勝手な奴。
でも、蛍が死んでからの張り詰めた何かが一気に弾ける。
誰のせいだと思ってるんだ、馬鹿、と言いながら、


それでも始めて出会う頼れる人の存在をひしと感じた。


「孫市は強い。
過去なんて捨てる事も出来たのに、あんたはそれを絶対しなかった。
重い物を自ら望んで背負ってしっかり果たしたじゃないか」


慶次の服が濡れるのも構わず泣き続ける俺の背をさすってくれた手は、
俺が泣きやむまで止まる事はなかった。




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